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核心に触れる

 ベリアルは何かを予感して廊下に出た。

 これまで、大きな変化の兆しは、新しい記憶への入り口だった。

 別の部屋が変化しているに違いない。


(やっぱり)


 ベリアルの推理は当たっていた。

 暗闇に閉ざされていた部屋に明かりが灯っている。


(そろそろ核心に触れる気がする)


 ベリアルは密かな期待を胸に、部屋の壁を抜けた。


 そこは一言で言えば、紙の海。

 積み上げられた書類の束が、床まで押し寄せている。

 本棚に入りきらない本たちが、紙の波間に浮いていた。


(なんかテレビで見たことある風景ね)


 事件を解説する専門家が、ちょうどこんな感じの部屋でしゃべっていた、そんな記憶を思い出す。


 小さな応接室には、安っぽいテーブルが一脚。

 クッションのへたった黒いソファーに、怪物が二匹。

 デリアも一緒に座っている。


 怪物は、机に広げた赤い紙束の前で、黒い腕を盛んに動かしている。

 無数の腕が蠢いて、ギチギチと音を立てる。

 興奮で体は膨れ上がって、背中のキチン質が縦に裂けそうになっている。

 中から光が溢れ落ちていた。


 もう一体の怪物は、巨大な球体。

 赤い口から白い煙を吐き出していた。

 時折、ぽよんぽよんと上下に揺れて、そうしてまた、盛大に煙を吐き出していた。


 デリアは対照的。

 微動だにせずに、じっと俯いている。


(寝ている?)


 ベリアルはデリアをじっと見つめる。

 デリアが欠伸を噛み殺した。

 憮然とした表情で、赤い紙を眺めている。


(眺めている!)


 ベリアルは自分で自分の第一感を疑った。


(見ている、じゃなくて、眺めている)


 怪物が紙をめくる。

 その音が大きく響いた。


(あ)


 ベリアルは、紙面の中に宇宙を見た。


 視界の端に文字が出現する前に、その内容を理解した。


『統一理論の数式を得ました』


(これが、切断を生み出した数式の母体?)


『切断』の数式と比べると、とても短い。

 形も単純で、使われている記号の数も随分少ない。

 それでいて、その数式から溢れ出す色は多彩だった。


 ベリアルはまぶしくて思わず目を瞑った。


(あっけないな、実に、あっけない)


 激しい闘いの末に完成した。


 苦難を乗り越え見出した。


 そんなイベントは全部無視。

 淡々とした、変わり映えしない作業の末に数式が突然現れた。

 しかも、デリアの記憶に突如登場した、得体の知れない怪物によって。


(まあ、人間の人生らしいわね)


 ソファーに座るデリアはずっと俯いたまま。

 欠伸の頻度が上がっている。

 顔は青ざめ、小指が細かく震えていた。


(つまらないわけじゃない。逆ね、デリア。この場面を封印するくらいだもの)


 ベリアルはデリアの表情をまじまじと観察した。


(悔しかったのね、あなた。だから、同僚が怪物に見えているんでしょう)


 当然、デリアは答えない。


(実験室が切断された。その理由を、この怪物が解き明かしたってところね。こっちの丸いのが、デリアたちの上司なのかしら)


 今や、その球体は大きく膨れ上がり、体のいたるところから煙を吹き出している。

 大きくなった怪物がデリアを押し潰した。

 緑色の体液をぶちまけて、デリアが怪物に飲み込まれる。


 ベリアルは慌てて廊下に飛び出した。


 怪物たちはドアを破壊して、ムニムニと音を立ててあふれ出す。

 高速で膨らみ続ける怪物が、低温室で作業していた無数のデリアを飲み込む。


 ベリアルは壁を転がるように抜けた。

 振り向くと、建物の窓から、黒い怪物が激しく吹き出すのが見えた。

 それらが地面へと落下して、次第に世界が黒で埋まっていく。


 ベリアルは空の上で、瓢箪池で何かが跳ねるのを見た。

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