もう一つの目録管理室
「歩き難いよー」
踏みしめるたびに砂がキュウキュウと鳴いた。
最初は楽しそうに、はしゃいでいたベリアル。
直ぐに柔らかい砂地が歩行に困難をもたらすと分かって、不満を口にした。
「あの蜂蜜はなんだったわけ」
アンナは取り合わない。
「アレはねぇ」
二人は海と逆側の地平点、つまり陸地側の最奥に向かっている。
「それを語るには、私の知っている記憶の迷宮を説明したほうが早いかな」
「簡単にね」
「古の時代、本の検索はカードで行われていた」
「何それ?」
「知らない? これぐらいの大きさの厚紙」
ベリアルは両手の親指と人差し指で四角を作った。
ちょうど手のひらサイズ。
「見た事ないわ。パソコンで調べればいいじゃない」
「その前の時代の話だよ」
「想像できないわ」
「そのカードに本や作者の名前とか、分類コードとかを書いておいて目録を作る」
「それが目録管理室にあるってわけね」
「そうそう。ちょうどアンナと同じぐらいの高さかな。引き出しのいっぱいついた棚があって、そこに『あいうえお順』とか、『作者ごと』とか、一定のルールでカードが収納してある」
アンナが振り向いて歩みを止めた。
「え、ひょっとして自分で探すの?」
「そうだよ。カードには本が置いてある書棚の番号が書いてあるから、そこに行って本を探すんだよ」
「信じられないわ。じゃあ、うろ覚えのタイトルじゃわからないじゃない」
「そういう時は司書さんにお願いするんだ。それはパソコン時代だって同じだろう」
「私はAIに訊くけど」
「現代っ子だね」
アンナがキャッと小さな悲鳴をあげた。
「え、何これ。蜘蛛の巣?」
アンナの頭に透明な何かがまとわりついていた。
ベリアルも手で触れて確かめる。
「とても薄い、カーテンみたい」
二人は一緒に上を見上げた。
頭上には、今いる地面から続いている砂浜が見える。
何度見ても砂が落ちてこないのが不思議だ。
「そういえばなんで明るいんだろう」
「え?」
ベリアルの疑問でアンナが停止した。
どこからか照らされる光を反射して、透明なベールが揺らめいているのが分かった。
「空自体が光っているのかしら」
「空の間違いじゃないか」
「確かに、空はないか……」
ベリアルは来た道を振り返る。
二人の歩いた跡が、この世界が球の内側であることを如実に示していた。
「行きましょう」
アンナに促され、二人は歩みを再開する。
「それで?」
「え? 何が」
「何がじゃないわよ。目録管理室の話よ」
「ああそうだった。どこまで話したっけ?」
アンナがため息を一つ。
「カードで検索するって話」
「ああ、そうそう。記憶の迷宮も図書館と似ている。無数の記憶があって、それを探すための目録を入れた棚があって。さらに目録の棚の場所を示した目録の目録の棚がある」
「二つもあるの!?」
「だって、一人あたりだいたい五十億冊ぐらいの分量があるから」
「ということは、目録だけで五十億枚」
「積み上げると五千キロメートルになる」
「日本列島よりも長いのね。目録の目録があっても不思議じゃないわ」
「その目録管理室は、ここに来るときに見た白い建物の中にあるんだ。私の魔法で来れるのは、その建物の前まで。後は自力で探し出すことになる」
「ふーん、魔法なのに意外に不便ね」
「個人情報保護のための免疫系は魔法より強いんだよ」
「それと蜂蜜がなんの関係があるのよ」
アンナとベリアルは暖簾のように薄膜のベールをくぐった。
もう何枚目になるだろう。
「白い壁を騙すためだよ」
ベリアルはニヤリと笑った。




