記憶の迷宮 上層
「この詐欺師」
アンナは螺旋階段の手すりに捉まって肩で息をしている。
「あなたは筋力があるのに、スタミナ管理がなってないのよ。視界の左下に黄色いバーが出てるでしょ。それがゼロにならないように、調整しながら登るの」
「何それ、そんなバー、表示されていないわよ」
「気合が足らないのよ」
「四百階も上がるなんて聞いてないから」
「あと少しだよ」
「それ、もう聞き飽きた」
「本当に、もう少しだよ」
ベリアルが手すりに耳を当てている。
「また~」
「しっ」
ベリアルが口に人差し指。
「来るわ、伏せて」
ベリアルは階段の上で仰向けに、アンナはうつ伏せになった。
暫くすると、ブーンという大きな羽音が迫ってきた。
何度見ても不気味な光景。
一匹一匹の蜂は小さいのに、それが一塊になって移動すると、別の生き物のように思えた。
ベリアルのすぐ上を、黒い柱が移動していく。
二人は手で目と鼻と口を押さえて通過するのを耐え忍んだ。
「行ったみたいね」
数分の後、ベリアルは立ち上がり、出発を促した。
「別に襲われるわけじゃないけど、やっぱり不気味だわ」
「耳の中に入ってくるのは勘弁してほしいね」
「群集がくる回数が頻繁になっているわね」
「だから、ゴールが近いんだってば。ほら行くよ」
「うへー」
アンナは手すりにしがみついて、重たい体を持ち上げた。
*
「嘘つき! 詐欺師!」
アンナはベリアルの後を追いながら、悪態を吐き続ける。
「そんなに元気ならまだ大丈夫だろう」
「後ちょっとがなんで百階なんだ」
「ちょっとした誤算よ。私も構造が変化しているなんて思わなかった」
「この魔王! 痛!」
アンナは急に立ち止まったベリアルの背中にぶつかって、強かに鼻を打ちつけた。
「なんで止まるのよ」
ベリアルは動かない。
(え、なんか気に障ることでも言った? 魔王に魔王って言うのはヘイトクライムだったっけ?)
「着いたよ」
「ごめんなさい」
「え?」
「え?」
「なんで謝ってるんだ」
「あれ、魔王に魔王って言うのは差別じゃないの」
「魔王に魔王って言ってなんで差別になるんだ」
「いや、てっきり」
「あなたの中で魔王に差別的な意味を込めているなら、それはそれで許さないけど」
「そんなことないです」
「あっそう。で、着いたけど」
「え、着いたの?」
「だから、そう言っているだろ」
アンナの身に一気に疲れが押し寄せた。
床にへたり込んで項垂れる。
「まさか、ここから水平に百キロとか言わないわよね」
「まさか、言うわけないだろ」
「はあ、良かった」
「千五百キロだよ」
「はあ? もう、動けないわよ!」
ベリアルがニヤニヤ笑っているのをみて、アンナははっと気付いた。
「担いだわね」
「お返しだ」
ベリアルが差し出した手を取って、アンナは立ち上がり、スカートのすそをパンパンと払った。
「あれを見て」
ベリアルが指し示す先は、これまでのような小さな部屋ではなかった。
「うお、でっか」
アンナはそのまま言葉を失う。
見渡す限りどこまでも続く平坦な大地が続いていた。
「こんな世界が人間の頭の中にあるなんてね」




