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記憶の迷宮中層

「GOって行けってこと?」

「さあ、どうなんだろう。この本に書いてある言葉が私たちが知っている意味とは限らない」

「でもまぁ、休憩は終わりにしましょう」

「そうね。矢印はあっちを示している」


 2人はやや小走りに歩き出す。

 上の階に進めば進むほど虫の数が増えていった。


「うーわ」


 その部屋に足を踏み入れた二人は思わず息を飲んだ。

 虫達が柱状になって飛び交っていたのだ。

 羽音が重低音を奏でている。


「何この部屋」

「この虫、人を襲うわけじゃなさそうだ」

「あの本にたかっているみたいね」


 アンナが一冊の本を指し示した。


「色付きの虫がいるよ」


 背表紙に赤い蜂が止まっていた。

 ベリアルは思わずその本に手を伸ばした。


「ちょっとやめなさいよ」

「気になる」


 大量の蜂たちが背表紙に取り付いて八の字にダンスしている。


「う、でも、ちょっと気が引けるな」


 ベリアルは代わりに二冊隣の本を取り上げた。

 この本にも数匹の蜂たちが取り付いていた。

 ベリアルは本を開けて床に置いた。


「この本も書きかけだ」


 虫たちは、本が移動したことも、ベリアルのちょっかいも、特に気にしていない様子。

 背表紙でしばらくダンスした虫は、「天」と呼ばれている本の上側から内部に潜りこむようだ。

 黒い蜂は文字に沿って移動した後、終端で自害して体液を撒き散らし文字に変わる。


「虫の数が多いから、自動筆記みたいだ」

「この赤い蜂は、文字を読んだら飛び立つのね」


 ベリアルは赤い蜂を目で追った。


「ねえ、ちょっと見て」


 アンナがベリアルに問いかける。

 返事がない。


「ちょっと。え?」


 ベリアルの姿が消えていた。


「え、嘘でしょ。あいつどこに行った」


 辺りを見渡したけれど、ベリアルはどこにもいない。

 アンナは部屋を出ようとして、立ち止まった。


「今は、動かない方が良さそう」


 アンナは通路の壁にもたれた。

 しゃがみ込んで、床に置いた本をぼーと見つめる。


「どこに行ったのよ、あのばか」


 ベリアルとの共闘を望んでいたわけではない。

 元いた世界でバラバラにされた息子を救いたい。

 その、共通の目的のために、協力しているのだ。

 と、何回も心の中で繰り返した。


「早く帰って来てよ」


 うとうととしかけたアンナは、床に置いた本から黒い煙が上がっていることに気がついて飛び起きた。


 炎は出ていない。


「煙じゃない、虫だ」


 ワーンという羽音がうなりをあげた。

 虫たちがよってたかって本に群がり、黒い煙の様に見えた。


「え、何」


 人畜無害と思われた虫たち。

 どうやら、そうではなかった。

 表紙に取り付いた黒い蜂は、発達した顎を突き立てて、絹のような紙を食い千切る。

 ものの数分で、跡形もなく無くなってしまった。


「消えちゃった」


 アンナは這うように、消えた本のところに移動した。

 書棚に近づいて、そいつと目があってギョッとした。

 抜き出した本があった場所に、巨大な芋虫がいた。

 その背中には人間の目のような模様があった。


 芋虫は本が抜けたスペースに糸を吐いる。

 アンナは虫の繭玉作りに身惚れていた。

 口から吐き出した細い糸を器用に貼りつけるたびに、本の形に近づいていくのだ。


「何見てるの」

「うわー」


 アンナが跳ね上がった。


「ちょっと、話かける前に教えなさいよ」


 アンナはベリアルに悪態をつく。


「意味不明なんだけど」

「心臓が止まるかと思った。どこ行ってたのよ」

「ああ、赤い蜂を追いかけてた。あれ、心配してくれてた?」

「そんなわけ、あるわけないでしょ」

「へー」


 ベリアルはニヤニヤしながらアンナの様子をみている。


「それより、どうだったのよ」

「ああ、赤い蜂は本と本を渡り歩いているみたい。しばらくしたら、色が黒くなった」

「何それ、何もわからないわね」

「そっちは?」

「あんたが床に置いて行った本は虫に食べられちゃったわ」


 アンナの声はどことなく弾んでいた。


「へー」

「そしたらこれよ」


 アンナが指差すその先で、四角い繭玉が編み上げられていく。


「新しい本はこうやってできるのか」

「で、これからどうするの」

「どうするって?」

「その表情、何か見つけたんでしょう」

「バレたか」


 ベリアルはVサインを作って見せた。


「この上で面白いものを見つけたよ」

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