記憶の迷宮
「ここは書斎?」
洞の小さなドアを蹴破って、二人は部屋の中に。
そこは静かで落ち着いた世界。
天井には裸電球が一つ。
オレンジ色の光が室内を照らしている。
「六角形の部屋なんてオシャレね」
「使いにくそう」
一辺ニメートルの正六角形の部屋。
六つある壁のうち、対向する二つの壁には、隣の部屋に繋がっている出入り口が開いていた。
残る四つの壁には簡素な書棚が備え付けられている。
書棚には五つの棚があって、それぞれの棚には十冊の本が並んでいた。
アンナはその内の一冊を取り上げた。
「何これ」
奇妙な材質の本だった。
アンナが表紙を撫でる。
ひんやりとして、指の先に吸い付いてくるような、
「肌みたい」
「気持ちいいわ」
ベリアルも別の書棚から本を取り上げて頬擦りしていた。
「何が書いてあるのかしら」
本を開ける。
しっとりとして、書きごこちの良さそうな厚手の紙。
そこにびっしりと、文字が書き込まれていた。
「なんて書いてあるの?」
一行につき三十文字。
一頁につき三十段。
一冊につき三十頁。
合計二千七百文字のアルファベットが整然と並んでいた。
「読めそうで、読めないな」
ベリアルも同じ感想。
「何かの暗号なのかしら」
アンナは本を元に戻して、違う場所からもう一冊取り上げた。
大きさも、重さも、厚みも全く同じ。
開けてみても、
「こっちも、アルファベットの羅列だわ」
「ここには、サムソンの名前がある」
ページを繰ってみると、アンナの本にもサムソンの名前が幾つかあった。
「まるっきり暗号というわけではないのかしら」
アンナは本を閉じ、もう一度表紙を撫でた。
その指が止まる。
「デリア?」
その隣の本も取り出して確認する。
「こっちにもデリア」
「どうしたの?」
不審がったベリアルがアンナの行動を見て、自分の持っている本を観察した。
「デリアだ」
本の表紙にはデリアの名前が刻まれていた。
「この本全部にデリアの名前が書いてあるわ」
「ここは、デリアの記憶の迷宮なのかもしれない。隣がどうなっているか見てみないか」
「ええ」
二人は出入り口を抜けて隣の部屋に移動した。
「ここは、通路か」
隣の部屋も正六角形。
ただし、こちらには書棚はない。
壁は全部出入り口。
「階段があるわ」
特徴的なのは中央の螺旋階段。
上と下にずっと続いている。
「先が見えないな」
「今きた部屋はここよね」
「あれ、そうだっけ?」
この部屋は六ヶ所の書棚の部屋に繋がっている。
出入り口から見える部屋はどれも同じ構造のようだ。
書棚が四つあり、同じサイズの本が二百冊。
一部屋につき五百四十万文字の図書館が、
「ずっと続いてる」
「ひょっとして、この上も?」
「行ってみるか」
螺旋階段で上の階に移動する。
「同じだ」
「意識しないと、上がったとは思わないわね」
「ちょっといいか」
ベリアルはアンナの手をとり、書棚の部屋に入った。
そのまま何もせず、通り抜けて、反対側の出入り口から出る。
「ここも同じ!」
元いた通路と寸分違わぬ通路。
「迷うわ」
「見て」
何かに気づいたベリアルが、床を指差した。
『AHFGYIDE』
「アフーグ……アーフェギド?」
「番地じゃないか? あっちにもある」
「よかった、これで迷わないわね」
「26の8乗もあるのに?」
「幾つよ」
ベリアルは指折り数えて、
「たくさん」
と答えた。




