オン ザ ベイサル・ガングリア 基底核にて
「いい加減、起きなさいよ」
アンナに蹴り飛ばされてベリアルは目を覚ました。
自明でない零点の実部が全て1/2であると証明したはずなのに、やり方を忘れてしまった。
「シャキッとして」
落下の途中で、空気の指圧が思いのほか心地よく、文字通り寝落ちしていたらしい。
アンナに言われて、ベリアルは周囲の様子を見渡した。
「裏世界の底……の割には賑やかね」
バオバブのような巨大な幹が何本も空に向かって生えている。
「見て」
アンナが空を指差す。
赤黒い空はマーブル模様。
そこに蒼く光る球が幾つも浮かんでいた。
空に伸びた幹からは無数の枝が、
「よく見て。枝じゃない」
「あれは、根っ子?」
空に伸びた幹からは無数の根が、蒼い光球を覆い尽くそうと囲んでいる。
さらに、根の先から光球に向かって雷光が放たれ、空を明るく照らす。
ドーンという重低音が途切れることなく響いていた。
「たーまやー」
一方、地面は枝葉が網状に絡み合っていて、程よい反発力。
まるで、緑色のベッドの上に寝そべっているみたいだった。
「木が、逆さまに生えているのよ」
「不思議な世界」
「魔界にはないの?」
「ないない。天界には?」
「もちろんないわよ」
「ここは辺獄なんだろ。アンナの方が詳しいじゃないか」
「女神の庭の付近ならね。でも裏世界が在るなんて知らなかった」
「ここは基底核という場所みたい」
ベリアルは視界の中の文字を読み上げた。
「分かるの?」
「見えてない?」
「私には表示されてないわ」
「ふーん、人によって違うんだな」
目的は文字化けしている。
「矢印は前に進めと言っているね」
「信用できるの?」
「さあ? 少なくとも、どっかの女神よりは信頼できる」
アンナの頬っぺたが餅のように膨れた。
「どうする?」
「しかたない、乗ってあげるわ」
二人は並んで歩き出した。
地面の反発がきつい。
踏み込むたびに、体が浮いてしまう。
「歩きづらいったらありゃしない」
「ベリアルは草原で目覚めた後、不正な操作で館に入ったのよね」
「そこまで話したっけ?」
息を切らして二人は前に進む。
「寝室で小さな人形のデリアに会った。とても驚いていた」
「どうして?」
「私が来たのは想定外だったみたい。誰かと電話で相談していた」
「誰だろう」
「ここにいない、マモルかな」
「旦那が、なぜデリアと?」
「アンナはまだ会ってないの?」
二人は効果的な走法を編み出していた。
高反発な地面を蹴り上げて、ポンポンと飛び跳ねるように進む。
スタミナ管理さえしていれば、不思議と疲れを感じなかった。
「女神の庭から一歩も動いてないもの」
「あの状態でずっといたの!」
ベリアルが、あの状態――Aポーズの真似をした。
「あんたに押されて、漸く意識が戻ってきたのよ。殺意だったけど」
「しょうがないだろう」
「裏世界にめり込んだ時に支配が切れて動けるようになったのよ」
「それで私を引きずり込んだわけか」
「私だけ落ちるなんてずるいわ」
「この世界は何なんだ?」
「辺獄は近くて遠い世界よ」
「何だそれ、なぞなぞか?」
二人は樹のそばまできた。
「ここら辺みたい」
「ねえ、あれじゃない?」
洞の中に赤いドアを見つけたアンナ達は、思いっきり地面を蹴り上げた。
ドアに取り付いたベリアルがドアノブに手をかける。
「どう」
「駄目だ、鍵がかかっている」
ベリアルは耳を澄ましてみた。
『鍵がかかっている』
心の声は聞こえない。
「呪いはかかっていないみたい」
「呪い? なにそれ。ちょっと退いて」
アンナはベリアルを押し退けると、おもむろにドアに蹴りを入れた。
ドアが吹き飛び、地面に落ちて大きな音を立てた。
「あんたがムキムキマッチョになった理由が分かったわ」
アンナは力瘤を作ってみせた。




