トラウマ倉庫
【3】の扉の前に立ったベリアル。
何の疑問も持たずそのドアノブに手をかけた。
ガチャ、ガチャ。
鍵が掛かっている。
『鍵が無いとこのドアは開かない。抵抗は無意味だ」
自分の声を打ち消す様に、ベリアルは声を荒げた。
「もう、うるさいな。黙ってて」
ベリアルは開けることを諦めて先に進む。
今度は【4】の扉。
また、吸い寄せられるようにドアノブに手を伸ばした。
ガチャリ。
開いたドアをゆっくりと開けてベリアルは中を覗き込む。
「赤い」
床、壁、天井、その全てが真っ赤な部屋。
女性が一人、部屋の中央に立ってりんごを剥いていた。
「デリア? じゃないな」
赤い照明の光が包丁に反射している。
女は包丁の柄を握り込んでいた。
その危なっかしい手つきにベリアルは思わず叫ぶ。
「親指を添えて!」
中に入ろうとしたベリアルは、見えない力で押し返された。
女が渾身の力でりんごに刃を押し当てる。
「危ない」
限界を超えたりんごの皮が破断した。
力が込められた刃先は止まらない。
ベリアルの忠告が虚しく響く。
りんごを握り締めていた左手に、刃先がずぶりとめり込んだ。
りんごがゆっくりと地面に落ちる。
女の指先から液体が迸る。
女が悲鳴を上げた時、ドアが勝手に閉まった。
ガチャ、ガチャ。
ドアには鍵がかられいる。
もう、開けられない。
ベリアルは深く息を吐いた。
背中がぐっしょりと汗で濡れている。
「これは、なんだ?」
ベリアルは口に手を当てて考える。
「昔の記憶?」
子供の頃にナイフで指を切った記憶が痛みとともに蘇ってくる。
自分の指が抉られた気がしてベリアルは目を閉じた。
「ん?」
なぜ?
魔王だぞ。
魔王がりんごを剥いて指を切る?
「そんな記憶。ないよな」
天界ならともかく、魔界にりんごは存在していない。
似たような果物はあるけれど、わざわざナイフを使うことはない。
魔法があるから。
「りんごは皮ごとだろ」
ベリアルは皮を剥かない派だった。
続く【5】のドアには鍵が掛かっていた。
【6】のドア。
わかっていてもドアノブを見ると開けたくなる気持ちに抗うことができない。
ドアを開けると今度は緑色の部屋。
中央に幼い少年。
足元にはボーリングの球。
ベリアルは当然の様に中には入れない。
拍手が湧き起こる。
少年がボーリングの球に手をかけた。
持ち上げようとしている。
だがそれは重く、不安定。
少年がしゃがみこみ、球を抱き抱えた。
体中の筋肉がぶるぶると震えている。
「腰を痛めるぞ」
ベリアルは叫ぶ。
少年は若さに任せて無理矢理、前傾姿勢で持ち上げた。
一旦胸の上で抱き抱え。
それから、頭の上に持ち上げた。
歓声と拍手がどこからか湧き起こる。
足元がふらついている。
少年がバランスを崩した。
ドアがバタンと閉まった。
中からグシャと言う音が聞こえた。
ガチャ、ガチャ。
ドアには鍵がかかり、もう開かない。
ベリアルは今見た光景を振り払うように頭を回した。
『お前が女でよかった』
ベリアルの耳に先代魔王の言葉が蘇る。
「ああ、思い出した!」
覚えたばかりの魔法の力を誇示しようとしたこと。
巨大な岩を持ち上げたけれど、自分の股間にそれを落としたこと。
恥ずかしくて誰にも言えない子供の時の記憶。
「ここはトラウマの倉庫か」
ベリアルは、その記憶から逃げるように先に進んだ。
続く【7】のドア。
その金色に輝くドアノブを見たとたん無意識で右手が伸びた。
「やっぱり、おかしい」
ベリアルは左手で、右手首を掴んで捻り上げた。




