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全てがワヤになる

「なんでお前がここにいるんだ!」


 ベッドの中の小さな人形が叫んだ。

 体長が三十センチ程の華奢な手足のプラスチックドール。

 その声は甲高く、ガラスを擦り合わせたように耳障り。


「なんでって、こっちが聞きたい。どこなんだここは」

「魔王の寝室に侵入する不届き者め」

「なんだと! 魔王は私だぞ。どっちが不届き者だ!  この僭称魔王め」

「え、倒してない?」

「ん?」


 意味不明な人形の応答にベリアルは首を傾けた。

 魔王と名乗る人形の声が急に小さくなる。


「どういうことよ?」


 その口調は高圧的でない。

 別の誰かと会話しているようだ。


「ちょっと!」

「魔王ベリアルだ」

「ベリアル。あなた、西の龍を倒してないでしょ」

「西の龍? なんだそれ」

「この館に入るには龍が持っている鍵が必要なのよ」

「スタート地点から直接来たから。知らないな」

「直接!?」

「途中のモンスターは通過した衝撃で死んだみたい」

「え、え? ちょっと待って」

「じゃあさ、座っててもいい?」


 ベリアルはベッド脇の小さな椅子を指差した。


「まあ、いいわよ。壊さないでよ」


 適当に頷いて腰をかけたベリアル。

 人形は見えない相手と小さな声でやり取りを続けている。

 その様子を見ていたベリアルは人形に声をかけた。


「喉が乾いたんだけど」

「冷蔵庫にジュースがあるから、何か好きなの飲みなさいよ」

「どこに?」

「テレビの下よ!」


 忙しいのか人形の声は怒気を孕んでいた。


「ちっさいな」


 壁に偽装された小さな冷蔵庫を開けると、その中身も小さい。

 タバスコの瓶のようなミニボトルがさまざまなラベルをつけて並んでいた。


「オレンジジュースがいいな」


 ラベルに書かれた文字は初めてみる言葉だった。

 オレンジ色の液体だから多分オレンジジュースと書いてあるのだろう。

 ベリアルは棚や引き出しを勝手に開けていった。


「お、あった」


 戸棚を奥から小さなコップを取り出した。

 その隣にクッキー缶が置いてあるのに気付いて、それを取り上げた。


「ねえ、食べてもいい?」

「好きにして」

「これ食べたら、体が縮んだりしない?」

「うっさいわね。 普通のクッキーよ」


 テーブルに戻ってジュースとコップを並べる。


「へへ、まるでおままごとみたい」


『まおーちゃん』として、人形撮影を配信しているベリアル。

 セッティングはお手のものだ。

 ベリアルは小物の出来の良さに感心した。

 コップはちゃんとクリスタル製で、指で弾くと澄んだ音を立てた。

 ジュースには小さな王冠がきちんと嵌っている。

 それに対応する栓抜きもとても小さい。


「可愛い!」


 クッキーは小指の爪のように小さいけれどよい香りがした。


「カメラは……」


 人形は忙しそうだ。返答は望み薄。


「ないみたいね」


 小さな栓抜きを当てて、割らないようにゆっくりと開栓した。

 それから、コップにオレンジの液体を慎重に注ぐ。

 小さなクッキーを潰さない様に指で摘んで口に運んだ。


「いただきます」


 全てのサイズが1/6。

 それでもクッキーは甘く、小麦の香り高く、口の中でサクッと砕けた。

 オレンジ色の液体は、想像通り甘ったるく、人工的な味がした。


「こういうオレンジジュースがいいんだよ」


 サイズは小さいけれど、ベリアルはその味を十分に堪能している。


「古き森の封印も解いてない!」


 人形が悲鳴に似た金切り声を上げた。


「何それ?」

「西の龍に会うのに必要な四つの封印よ!」

「あー、水増しクエスト」

「うるさい。なのに、最初の森の巨人は倒してる」

「それ、強いの?」

「絶対殺す系チュートリアルボス」

「ああ、なるほど。なんか悪いことしちゃったみたいね」

「あなたのおかげで段取りが()()よ」

「ワヤ?」


 それは『ダメになる』『無茶苦茶になる』という意味。

 第9ダンジョンで使われている方言。


「そうだ。デリア。お前、デリアだな」


 人形の動きが止まった。


「思い出してきたぞ。そうだ、お前の記憶の迷宮に用があるんだった」

「チッ!」


 デリアと呼ばれた人形の舌打ちが聞こえた。


「うわ!」


 突然、ベッドが立ち上がった。

 ベッドの脚が伸びて足になり、すごい勢いで駆け出した。

 飛び退いたベリアルを無視して、ベッドは壁に激突し、これを壊して廊下に出ていった。


 咄嗟の出来事にベリアルが反応したのは、すっかり音が遠のいてからだった。


「待て〜」


 ベリアルはお約束の言葉を発することができて、充実した異世界体験を過ごした。

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