魔王はいつか、深夜の闘いに勝利したい
カップラーメンのフィルムを剥がすことができない。
爪を立てても破れない。
逆さにして、底で貼り合わされた部分を引っ掻いてみたけれど、痕が付いただけだった。
「呪いだ」
魔王ベリアルは調理台に容器を置いて説明文を読み返す。
フィルムを剥がし、蓋をめくり、かやくと調味料を取り出す。
それだけのことなのに。
そんな簡単なこともできない。
気を取り直して、縁に爪を立てて、ぐるぐると回した。
しかし、フィルムは力をかけると伸びるだけでいっこうに破れない。
ベリアルは悲観する。
ああ、もうわたしはこのままカップラーメンを食べることができずに餓死するのだ。
元魔王を完全に殺すためのエルフ達の陰謀だ。
フィルムに呪いがかかっているに違いない。
0.1ミリメートル先に獲物をチラつかせ、にやにやしながら、絶望する魔王の様子を愉しんでいるに違いない。
ベリアルは、下唇を噛み締めた。
食器入れの引き出しを引いて、目についたフォークを手にした。
「お前達の言うなりになるものか」
指で引き伸ばしたフィルムにフォークを突き立てる。
プツ。
という音をを立てて、フィルムに穴が開いた。
「あはは、魔王を舐めるなよ」
開いた穴を一気に広げ、フィルムを剥ぎ取る。
「やってやったぜ」
午前2時。
誰もいない部屋に魔王の勝ち鬨が響いた。
すぐさま、壁がドンと鳴らされる。
魔王はビクンと萎縮した。
小さく、
「ごめんない」
と呟いて、カップラーメンの蓋をめくり、お湯を注ぎ入れた。
蓋を戻し、パッケージの時間を確認する。
「三分」
携帯を取り出して、時計アイコンをタップする。
タイマーを起動して、3分の計測を開始。
何かとても重要な事を忘れている気がする。
ん―。
そう言えば三分って、何を基準に三分なのだろう。
お湯を注いだ時から三分がスタートするのは納得できる。
それは注ぎ始めからなのだろうか、それとも、注ぎ終わってからだろうか。
それだけでも数十秒の違いがある。
沸騰したやかんから注ぎ始める、或いは、注ぎ終わると同時に、タイマーを開始するのはとても危ない。
やかんを安全な場所に置いて、それからタイマーを起動。
それではさらに数十秒時間が経過してしまうのではないだろうか。
魔王ベリアルが人間界に降臨して初めて食べたカップラーメンは、調味料がすでに麺にまぶされていた。
お湯を注ぐだけ。
紛れも無く、迷いもなく、ただひたすらに三分に集中できた。
それが今ではどうだ、後入れの調味料とやらが邪魔をする。
食べる直前にお入れ下さい。
直前とはいつなのだ。
三分経過の前?
それとも、本当に食べる直前?
調味料の袋を引き裂いて、中身をカップの中に絞り出す。
それだけでも更に数十秒余計な時間が経過する。
合計した一分近くの曖昧な時間。
パッケージに書かれた三分の呪縛に対して、人間達が平然と闘っているという事実。
そのことに、魔王は驚嘆せざるを得ない。
三分。
それは全ての準備を整えるにはあまりにも短すぎる。
どう考えても正気の沙汰ではない。
「いつか勝利したいな」
その時、携帯のタイマーが三分経ったことを知らせた。
魔王がカップラーメンの蓋をめくる。
その目が大きく見開いた。
「また、負けてしまったな」
ベリアルは割り箸を割った。
「く、お前もか」
非対称の割り箸で、お湯の海に沈んだ粉末調味料、後入れ調味料、かやくの袋を救出した。
濡れてしまった後入れ調味料袋は、こちら側のどこからも開けられなかった。




