勇者の帰還
勇者マモルと名乗った金色のフルプレートアーマーは、盾から小さな剣を引き抜いた。
「はぁ? テーブルナイフじゃない」
レストランに並んでいそうな矮小なナイフを見て、デリアが思わず口にした。
一方で、ベリアルは、露骨に嫌そうな顔。
そんな表情のまおーちゃんを体の中に投影した。
「魔王殺しの聖剣ベリアルキラーを舐めるなよ」
「私を殺すためだけに打たれた魔剣だぞ!」
ベリアルとマモルは仲良くデリアに反論する。
「それにしても、マモル、どこから湧いて出た」
勇者マモルは少しだけ首を動かした。
「上からきた」
天井には大きな穴が開いている。
先ほどデリアが発射したブラックホール弾が穿った穴だ。
「餡かけパスタを食べてたら、地面に穴が開いてな。覗いてみたら、お前がいたから降りて来た。それにしても……まったく酷いな」
足元に散らばったキューブ状の肉片を見咎めて、マモルは落胆した声を上げた。
「残念だよ。俺に斃された後、改心したかと思っていたんだが」
「待て待て、これは、私じゃない!」
「お前以外に誰がこんな酷いことをできるんだ」
「後ろ、後ろ」
ベリアルは両手を増やして必死にアピールした。
「やったのはその後ろの女だ」
ベリアルにナイフを向けたまま、マモルがデリアの様子を一瞥した。
もぎ取られた腕の傷跡。ひび割れた顔面。
服も着ていないから、血で汚れた体が嫌でも目に入る。
「助けて下さい」
テリアが下から見上げるようにマモルを見つめた。
濡れた瞳でキラキラと無罪を訴える。
「こう言ってるが?」
「嘘だー。そんな姿の一般人がいるか」
「そうなのか?」
「騙されないで下さい。魔族なんて嘘つきばかりです」
ベリアルは影を伸ばしてマモルの背後からデリアを襲った。
その動きを見逃さず、マモルはナイフを一閃。
淀んだ空間が切り裂かれ、刀身が光を発した。
千切れたベリアルの影が霧散する。
「こいつは自分の弟をバラバラにしたんだぞ」
ベリアルは影を多重に展開した。床に広がるキューブを掃き寄せる。
「それにユージもだ。あの潰れているキューブはお前の息子じゃないのか!」
床に残った蹂躙の跡。
そして、デリアの白い足に飛び散った体液の痕跡。
ベリアルの影が指の形に変化して指し示す。
「そんなクソ人間を助けるのか!」
「俺は勇者だ。人間を魔族から護る者だ」
マモルは床に残された残酷な現実を見ても動じない。
「お前の言う通り、こいつはクソ野郎なんだろう。だが、人間だ。人間である以上、俺はこいつを護る。どんだけクソだろうと、クズだろうと、犯罪者だろうとな!」
デリアはその言葉に反応した。
(それじゃまるで私が、犯罪者じゃない)
自尊心がひどく傷ついた。
(こんなおっさんに護られなくたって、あの小さな魔剣があれば)
デリアはマモルの持つナイフを奪おうと腕を広げた。
その背中に爪を突き立てる。
「おっと。動くなよ」
背中に目があるのかと疑いたくなるくらい華麗に躱された。
「お前は殺人、窃盗、ダンジョン不正使用の容疑者なんだ、じっとしてろ」
「私を護るんじゃないのか?」
「ああ、護るさ。お前が犯した罪を人間の法で裁くためにな」
「取引しよう、勇者」
ベリアルはじりじりと間合を詰めた。
「そいつを渡せ、そいつの爪を解析すれば私の絶対回復魔法でユージたちを元に戻せる。今の私は竜脈に接続されている。元に戻すのは簡単だ」
「それは名案だな……」
「嫌ぁ」
デリアが叫ぶ。
「魔王の言うことを聞いてはダメですよ、アナタ」
突如、ベリアルとマモルの間にロープの束が投げ入れられた。
同時に穴の中から凛とした女性の声が響く。
「聖魔教会中央統括にして、勇者マモルの妻、聖女アンナとは私のことよ!」
懸垂下降してきた聖女が力強く叫んだ。




