聖女アンナの降臨
聖女アンナが部屋に降り立ちハーネスを外した。
「お久しぶりですね、魔王ベリアル」
質素な聖衣のスカートを持ち上げて、アンナはうやうやしく挨拶した。
つられてベリアルも深々と頭を下げる。
この狭い部屋の中に魔界の王、ギルドの勇者、教会の聖女、企業の元研究者、そして、魔法庁の調査官(のバラバラ状態)がひしめきあっている。
聖女は足元の惨状を見咎めて、マモルと同じ反応を返した。
「全く、酷い有様ね」
「だから、私じゃないって。夫婦揃って魔王を疑って。それ、魔界差別だから」
「あなたじゃないとしたら、一体誰が?」
部屋を見渡したアンナ。
その目がデリアと交錯する。
デリアは混乱に乗じて逃げ出そうと画策していた。
デリアはアンナの僧帽筋に目を奪われる。
聖女とは思えないほど発達した筋肉が聖衣越しでもわかる。
デリアは愛想笑いを浮かべた。
顔からミスリル樹脂がパラパラと剥がれ落ちた。
「そいつだよ」
ベリアルはここぞとばかりに糾弾する。
「そいつが、私の体とユージの体をバラバラにしたんだ!」
「なんですって?」
ユージの名前を聞いて聖女の眉が吊り上がる。
カツカツとブーツを鳴らして、デリアに詰め寄るアンナ。
顔を近付けると、優しく語りかけた。
「あんなこと言っているけれど、本当なのかしら」
「うるさ――んぎゃ」」
デリアが何か言う前に左ストレートが顔面に叩き込まれた。
悲鳴なのか、それとも装甲が破壊された音なのか?
人間が出してはいけない音が響く。
「おい、アンナ!」
「あなたは自分の息子がバラバラにされてなんとも思わないの!」
「それは、思うけれども、勇者としては人間の権利が……」
「あなたができないなら、私がやります!」
「聖女が暴力沙汰かぁ」
ベリアルは他人事みたいにアンナを煽る。
マモルが頭を抱える。
「今は聖女ではありません。ただの母親です!」
アンナはデリアの上に馬乗りになった。
アンナの拳がデリアの急所を的確に打ち抜く。
ベリアルがダメージを与えていたとはいえ、超硬と柔軟性を兼ね揃えたミスリル樹脂がいとも簡単に粉砕されて飛び散った。
「落ち着け! アンナ」
格闘というにはあまりに粗暴なその蹂躙に見惚れていたベリアルだったが、マモルの声にハッとした。
「『切断』を回収するんだから、そいつを殺すな!」
ベリアルは影を伸ばしてアンナの腕に絡みついた。
「ぐぬぬ」
龍脈の力を得た魔王を持ってしても怒れる鬼子母神を止められない。
「アンナ、分かったからもう止めてくれ」
マモルはアンナを羽交締めにした。
それでようやくアンナが力を緩める。
「さすが元女神。なんという力」
アンナはマモルに説得され、慰められ、時にはポカポカとマモルを叩きながら泣いている。
「魔王ベリアル……さん」
「な、なに?」
アンナの思いがけない呼びかけに、ベリアルは一瞬戸惑った。
「あなた、さっき、元に戻せるって言ってましたわね」
「ああ、戻せる。こいつの持っている『切断』を解析すれば。ただし」
「ただし?」
「めちゃ痛いかも」
「なんだそんなこと」
「ふざけんな。この中には私の体もあるんだぞ、それに」
「それに?」
「すでに潰されたキューブもいつくかあるんだ、誰のか知らんけど」
「戻した時に、痛みでショック死すると?」
「まるで痛みのロシアンルーレットだ」
アンナは、それを聞いてポンと手を叩いた。
「ああ、良かった」
「なんだ、こいつ」
「それなら、なんとかなりますわ」
「おいおい、魔王と取引するつもりか? 自分でダメって言ってたのに」
「だまらっしゃい。今は母としてお願いしてるんです」
「どうする気なんだ」
「私を誰だと思っているんです。回復、鎮痛は専門家でしてよ」
ベリアルは伸ばした影で頭を掻いた。
「まさか、元女神と協力することになろうとは」
「私も、魔王と一緒に働くなんて考えてもいませんでしたわ」
アンナが差し出した手をベリアルは握り返す。
お互いの手を握り潰す勢いで力を込めつつ、顔には笑顔を浮かべる魔王と聖女。
マモルは頭を抱える。
「せっかく復職したのに」
「お前も協力しろよ」
「あなたも協力するんですよ」
「もう、分かったよ。で、何をすればいい?」
「まずはこいつの記憶の図書館にアクセスする」
「ああ」
「じゃあ、まずコイツの頭を開けてくれ」
「頭を開ければいいんだな?」
「勇者なら簡単だろう」
「頭を……開ける?」
マモルの動きが止まった。
困ったような表情をベリアルに向けた。
「それってどういう意味なんだ」
「どういうって、そのままの意味だよ、頭の中の脳に用がある」
アンナが何も言わずデリアにナイフを突き立てようとした。




