私には人生において言ってみたいセリフが3つある
「ま、まってくれ。話を聞いてくれ」
サムソンは両手を振り回す。
必死にアピールを始めた。
「そこのお前」
「俺?」
「お前、魔法庁の調査官だろ」
「そうですけど」
「魔王が人間を暴行しようとしているのを見過ごすのか」
「よく勘違いされるんですけど」
ユージは頭に手を当てて、非常にうんざりとした表情を浮かべる。
「魔法庁は天界と人間界の利害関係の調整役。だから、魔界と人間界のいざこざには介入できないんです。ごめんなさい」
そう言って軽く頭を下げた。
「それはそれとして、あなたには人造依代の窃盗容疑がかかっているので、後で話は聞かせてもいますけどね」
そんなユージとの遣り取りとはお構いなしに、ベリアルが咆哮する。
「暗黒絶対回復魔法!」
ベリアルの指先から魔法がほとばしる。
避ける間もなく魔法に撃たれたサムソン。
自分の体を見回した。
何も、起きていない?
寧ろ体の中から湧き上がる活力を感じた。
肩が軽くなった気がする。
「け、健康が増進している」
「そう、これは細胞を賦活し強制的に回復させる暗黒魔法」
ユージは、ベリアルの様子を心配そうに見守る。
この区画に入ってからベリアルの様子がどことなくおかしい。
ベリアルが言うにはこの区画は魔素の濃度が高い。
部屋の傍に龍脈が交差いるらしいのだ。
ユージには知覚できないけれど。
その影響なのか、ベリアルの態度がとても尊大になっている気がする。
ひょっとして、魔素に酔っているのか?
「私には夢がある」
あ、これはヤバい。
人生を語り出しそうだ。
「人生において言ってみたいセリフが3つある」
ベリアルはピースサイン。
「まおーちゃん、二本しか立ってませんよ」
「魔界は二進数なんだよ」
「なんだそりゃ」
「一つ目は空を飛んだ時にヒーハーと言う!」
ベリアルはユージを見上げた。
二人はガッツポーズ。
「二つ目は、これだ!」
ベリアルはサムソンをいきなり殴りつけた。
「これは私の下着の分」
魔法で強化されたベリアルの筋肉がサムソンの鼻先を捉え、軟骨をへし折った。
サムソンは鼻血を吹きながら後ろに仰け反る。
「これは、お気に入りのジャケットの分」
顎に入ったフックが顎を粉砕する。
サムソンの口から謎の粉が吹き出す。
「そして、これは、お前に足をへし折られたドラキューンの分!」
ローキックで右脚を打ち抜いて脛骨をへし折った。
サムソンがその場にゆっくりと崩れ落ちる。
「や、止めてくれ。こんなのイジメじゃないか」
「確かに、人を殴るのは魔王とはいえ気が引ける」
「それなら、止めて下さい」
「だから、回復魔法をかけたんだ」
「え」
そう言えば、顎を砕かれたのに普通に喋ることができる。
サムソンは漸くその答えにたどり着いた。
「本来数ヶ月かかる回復を僅か数秒で完了させる究極の治療魔法だ。これなら私の依代の良心も傷つかない。実に健康的」
サムソンは殴られた箇所に触れた。
折られた足がもう元に戻っている。
鼻も、顎も正常だ。
衝撃はあったけれど、もう痛みもない。
殴られっぱなしは癪だ。
直ぐに回復するなら、こちらから思いっきり攻撃できるじゃないか!
そう考えたに違いない。
サムソンは立ち上がって拳を構えた。
すかさずベリアルに殴りかかる。
「そろそろじゃないか?」
ひょいと避けたベリアル。
その姿勢のまま、奇妙なポーズを取った。
「反動の回復疼痛!」
突如、サムソンの体をこれまでとは異質な痛みが襲った。
体の内側から神経を押し潰すような鈍い痛みがのしかかる。
「うあああ」
もう、まともに立っていられない。
よろめいたところにベリアルの膝が追撃する。
床に倒れたサムソンの肋骨が折れる。
肺を突き破った肋骨で悲鳴も出せない。
サムソンは失神しそうになった。
だが、回復魔法が楽にさせてはくれなかった。
魔法によって傷はすぐさま回復。
明瞭に意識を保ったまま、じわじわと這い上がってくる疼痛が体みじん切りにしていく。
サムソンは漸く自分が恐ろしい罠に嵌められた事に気付いた。
これは回復魔法の名を借りた拷問。
どれだけ酷いことをされても直ちに修復される。
無限に終わらない苦痛の地獄。
「もう、止めましょう」
更に殴りに行こうとするベリアルの腕をユージが掴んだ。
魔法で強化されているはずなのにユージの腕が振りほどけない。
「戦意を喪失しています」
「ふん、今日はこれぐらいにしてやる!」
その言葉でユージはベリアルを解放した。
「ふう、これで、三つ全部言えたな」
ベリアルは手についた埃を払うように両手をパンパンと叩いて、屈託なく笑った。
その笑顔を貼り付けたままベリアルの頭部が宙を舞った。




