若いダンジョンで二人は鉄鼠とダンスする
梯子を降りる。
下はレンガの通路である。
腕時計のガスセンサーに反応はない。
「酸素や二酸化炭素は大丈夫そうです」
「よっと」
ベリアルも続いて梯子を降りて来たのでユージは手を貸した。
「んんー」
ベリアルは深呼吸して背伸びした。
「久々のダンジョンは落ち着くね。引っ越そうかな」
確かに息苦しさを感じない。
ここに比べると、マンションの空気は生乾き臭漂う湿度100%の満員電車。
「魔族って酸素呼吸なんですか?」
予期せぬユージの質問にベリアルは面食らった。
酸素?
呼吸?
考えた事もない。
「そ、それは、人間には教えられないな。機密事項だから」
上ずった声で答えたが、ユージはさほど興味がないようだった。
「若いダンジョンだね」
「若い?」
「ほら、壁が規則正しく並んでる。方眼紙マッピングがはかどりそう」
「ダンジョンも歳をとるんですか?」
「当たり前だろ」
ベリアルはやれやれという表情。
「人間だって、年をとるとひねくれるし、ガタが来る。ダンジョンだって同じだよ」
「まるで生き物ですね」
「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって生きているんだ。ダンジョンだって生きている」
「オケラって見たことないんですよね」
一本道の構造なので迷いようがない。
二人は雑談しながら歩き出す。
ダンジョンの生態、特に生殖について話が盛り上がる。
「つまり、ダンジョンはNTRで増殖するんだ」
そんな話をしていると、あっという間に、通路の終端。
魔物とエンカウントすることもなく、折れた直剣すら入手できていない。
ユージの探査術によればこの先に大きな空間が存在している。
「ボス部屋ですよね」
「サロメを盗んだ犯人がボスをガーディアン代わりにしてるんじゃないかな。気をつけないと」
「なんか、まおーちゃんが頼もしく見えます」
「へへへ、だって、魔王だからね」
「魔素で活性化しているんですかね、こころなしか、大きくなった気が」
「どこ見てんのよ」
ベリアルは自分の胸を押さえた。
特段変化は感じない、慎ましやかな胸部のまま。
「違いますよ、筋肉です、筋肉」
天井が高くなると雰囲気が変わる。
ユージの革靴の音が反響して空気を揺らした。
「あ、いた」
ベリアルが目ざとく男を見つけた。
胸に白い袋を抱きかかえている。
男は大袈裟に反応し、踵を返した。
「待って」
下さいとユージが止める前に、ベリアルは駆け出していた。
男が空洞の側道に飛び込む。
そのとたんユージの頭上でガチャンと音がした。
鉄格子が落ちて来るのを見て、ユージは慌てて空洞の中に滑り込む。
「自分で気をつけようと言ったのに、先走り過ぎです。完全に罠じゃないですか」
「まあ、チュートリアル的なボスだろ? 余裕余裕」
「このパターンのチュートリアルは確定死じゃないですか」
空洞の中央に血色の宝石が浮いている。
天井に開いた穴から漏れる光を反射して美しく煌めく。
小さな地鳴りが部屋の中央に集まる。
小さな影がより集まり、積み重なり、盛り上がる。
宝石を飲み込んで形を成す。
「うげえ」
ユージが露骨に嫌な声をあげた。
それは、ネズミたちの集合体。
「鉄鼠だ」
ベリアルが静かに呟いた。




