怪異が異変を見つけたらどっちが引き返すべきなの?
「なんなのあんたたち」
黒い壁から生えた頭が吠える。
その前ではパグーが吠える。
部屋の片隅で掃除機が唸りを上げる。
異変を見たら引き返せ。
二人が後ずさるのを壁の顔が制止した。
「あれ、まおーちゃん?」
自分のアカウント名を呼ばれてベリアルは戸惑う。
電球色のLEDライトが、いかついボディラインを浮かび上がらせた。
黒い壁はラテックス・ラバー製。
「知り合い?」
人間真空パックに銃を向けたまま、ユージがベリアルに尋ねる。
「いや、いや、知らないよ!」
「私よ。私。ヤスコ」
「え……ママ?」
ユージ混乱。
ベリアルのお母さん?
魔族ならそういうのも、むしろ、あるかも。
妙に納得して銃を降ろした。
「はじめまして、ユージといいます。まおーちゃん、いえ、ベリアルさんには大変お世話になっております」
頭を下げるユージにベリアルが突っ込む。
「ちがーう。本当のママじゃない!」
「イエ・ヤスコです。『バー信長』の店長をしております」
ラッテクスの壁が少しだけ動いた。
「……私のバイト先の一つ」
何か、言おうとしたけれど、言葉が見つからない。
ユージは心配そうな表情を浮かべた。
「あ、これは私の、個人的な趣味ですからね。バー信長は普通の健全なオカマバーだから安心して下さい」
吸引は続き、その間も犬はずっと吠えていた。
「ツナヨシ! ステイ」
差し出されたベリアルの手をクンクンと嗅いだパグー。
知っている匂いに安心したのか、お尻を振り始めた。
ベリアルはツナヨシを抱きかかえ、頭を撫でてやった。
「それで、どういう用件なの?」
「実は、まおーちゃんの部屋からある物が盗まれまして、手がかりを追ってきました」
「ちょっとー大丈夫なの?」
「どっちかというと、そのセリフはこっち側のような気がするんだけど」
経緯を簡単に伝える。
「それは、私じゃないわ。確かにここは103号室だけど」
ヤスコは否定した。
ベリアルも彼/彼女が犯人とは思っていないようだ。
「ママの字ってもっと綺麗だから」
「103ねぇ。もしかして……一度、伝票を見せてくれない?」
ベリアルが頷く。
ユージはタブレットに保存した伝票のスクショを提示した。
「ぶははは」
見せたとたん、ヤスコが笑い出す。
「あなたたち、携帯ばっかりで、手書きしないから間違えるのよ」
「え、間違い?」
「例えば、3は出だしと終わりが離れていないと8に見間違いやすいの」
「じゃあ、103じゃなくて、実際は108なの?」
「それだけじゃないのよ、0もそう。頭や尻が飛び出すと6や9にみえる典型例」
「163や193の可能性もあるのね」
「168や198もですよ。一気に増えましたね」
「1と7も間違い易いけど、確か700番台の部屋はここになかったと思う」
「間違えるたびに、変態と遭遇するのか……」
ベリアルの感想に、ヤスコが釘を差す。
「このことはみんなには黙っていてちょうだいよ」
ベリアルはおもむろに携帯を取り出した。
「どうしようかなぁ」
カメラをヤスコに向ける。
「何するの。やめて!」
「ママァ、私欲しいモノがあるんですけど」
ベリアルがユージを手招きする。
「取り敢えずみんなで記念写真撮っておこうか」
悲鳴をあげるヤスコの前でベリアル、ユージ、ツナヨシはポーズを決めて仲良く写真に収まった。
「私たちは何も見てないし、聞いていませんので、よろしくお願いしますね、ママ」
ゴムの壁が脈打った。
ヤスコの代わりにツナヨシが、ワンと返事した。
「それじゃあ、お騒がせしました」
「ツナヨシもばいばいね」
外に出たベリアルは溜息をついた。
ユージは扉の前で一度振り返った。
「本当に見なかったことにします?」
「うん? 時給が上がればね」
ベリアルは頬を叩いて気合を入れ直した。
「じゃあ、次行ってみよう」




