異変✕異変は逆に正常です
「少し歴史の話をしよう」
ある日、栄えた町の真ん中にダンジョンが出現して、噴水広場を飲み込みました。
ダンジョンは日々成長して、ついには町を飲み込みました。
冒険者と住民は、残された12本の水道管を拠点に無秩序な建築を続けました。
そうして誕生したのがこのマンションです。
ダンジョンとマンションの権利を巡る醜い争いの末、町内会はマンションを12の領域に分けて12獣将が管理することになりました。
だから、マンションには干支の名前が付いているのです。
めでたし、めでたし。
「当時の大家さんが、円卓会議で決めたらしいよ」
「いろいろ痛い歴史ですね」
「暗黒史だね」
虎マンションに向かう途中、ベリアルがこの町について説明してくれた。
「お、ここだ」
「丑マンションとは仲が悪いんですよね。襲われたりしないんですか?」
「仲が悪いのは上層部だけで、住民は気にしてないよ」
「待てこら!」「くたばれや」
二人が歩くそのすぐ横をバイクに乗った男が猛スピードで走り抜けた。
少し遅れて派手なシャツの一団が青竜刀を片手に追いかける。
「単なるいちゃつきだよ」
虎マンションのエントランスを抜けて中庭に出ると、神社と地下鉄の出入口が並列に存在していた。
「ここが丑マンションの入口」
「瑞橋駅?」
「あ、見て!」
ベリアルが指差すその先に、聖水で漂白されてできた聖痕があった。
階段を下りる。
マンションの中とは少し様子が違う。
壁に古い構内案内図が掲げられていた。
「瑞橋地下街」
「ここから先は知らない領域だ」
床と壁は白色のタイル。
意外なことに電気が来ていて、白色蛍光灯が無機質な光を落としていた。
長い通路が続いている。
かつては通路の両端に店舗があったのだろう。
今はシャッターが下ろされている。
「087」
シャッターにはペンキで数字が書いてあったり、表札に番号が書いてあったり、小洒落たポストが置いてあったりと個性的。
途中、店を開けていた雑貨屋に入った。
「背の高い人を見ませんでした?」
「ああ、二人見たよ」
二人はそこでお茶を買った。
目指す103号室がこの先にある事を教えて貰う。
「異変を見つけたら引き返すんだぞ」
店を出た二人に店主はそう声をかけた。
「異変ってなんですかね」
「昔、そういうのが流行ったんだよ。おかしなものを見たら引き返す」
「引き返さないとどうなるんです?」
「無限ループ。ここから出られない」
「え、大丈夫なんですか」
「さあ? 魔王と勇者の息子が一緒に歩いているんだ、充分異変だろ」
「異変✕異変は逆に正常ですね」
しばらく歩くと、部屋の番号が100番台に入った。
これまで特に異変らしいことは起きていない。
「099、100、101、103」
「ここですね」
二人はオレンジ色のシャッターの前で止まった。
墨痕鮮やかに大きく103と書かれていた。
「なんかすごく、勢いがありますね」
後付けされた鉄扉の下には水が溜まっている。
ベリアルはそれを指差し、それから唇に当てた。
ユージは周囲を見回す。
誰もいない。
それを確認して、懐から銃を抜いた。
目を閉じて部屋の中の気配をうかがう。
「一人と……なにか小さな生命体がいる」
「お前のそれ、便利だな」
「基礎訓練を受ければ誰でも使えますよ」
「訓練受けてみたとか動画にしようかな」
ベリアルが扉のノブに手をかけた。
鍵はかかっていない。
二人は頷きあって、扉を開け、中に滑り込んだ。




