囁き、祈り、詠唱、実食。ユージはハイになりました
「いただきます」
注文と同時に提供されたキシコロはベリアルの説明通りに、冷たい麺と醤油ダレ、そしてネギをトッピングしただけのシンプルな構成。
ユージは、青ネギに白ネギが混ざっていることが少しだけ気になった。
パキン。
小気味いい音を立てて、割り箸がきれいに分割された。
これは幸先がいい。
ベリアルが見守る中、ユージが麺を啜る。
勢いよく吸い込むと、口の中で平らな麺がピロピロと振動した。
コシがあるのか無いのかよく分からない独特な食感。
醤油ダレは少し甘く、やや薄めの味付け。
麺のほうから胃に飛び込むようで、とにかく喉越しが良い。
提供も早ければ、食べ終わるのもまた早い。
ユージは紙ナプキンを取って、使用済みの割りばしの先を包んだ。
「ご馳走さまでした」
几帳面に箸を置いて、手を合わせる。
「どうだった?」
ベリアルがクリぜんを食べる手を止めて、身を乗り出した。
「なんか……すごく……普通」
ベリアルがニッコリと笑った。
「家で作れそうな、ふつーーの味」
ユージはおずおずと頷く。
「特徴がないのが特徴、みたいな」
「でも、そういうのがいいんだよ。めちゃんこ美味しいわけじゃないけど、不味いわけでもない。一ヶ月ぐらいすると、また食べたくなる料理」
「ああ、安全って、心理的な安全のことだったんですね」
フルコース料理は美味しい。でもその情報量は多い。
ドレスコードに気を遣い、マナーに精神をすり減らし、
見たことも、食べたこともない料理を解析しながら味わう。
それは、日常生活で疲れた脳と胃袋には負担が大きい。
だから、見た目と味が一致した料理が必要だ、とベリアルは言っている。
「違うよ」
ベリアルはすぐに否定した。
「ここは水道を使っているんだ」
水道を使っている?
日常ではまず口にしない言葉をユージは頭の中で反芻した。
「そんなの当たり前では?」
「全然当たり前じゃないよ。君がさっき買った串焼きの店」
「ええ」
「水源がどこだと思ってるんだ」
「え、その言い方だと、まさか」
ベリアルは人差し指で机をコンコンと叩く。
「ここから出る排水」
ユージは両手で口を押さえた。
「うそ」
「嘘でにゃーで。どの時代、どの世界でも水利権は最重要課題なんだわ」
器を下げにきた店長が口を挟む。
「それは、使う方も、出す方もな」
ダンジョン攻略のために集まった冒険者。
そして、冒険者目当ての商売人たちが生活するようになると大量の水を必要とした。
「始まりの十二の水道管。その権利者が今の十二獣将」
店長から飛び出す中2ワード。
それって町内会長や自治会長じゃないの。
「水を使えば、当然、排水が出る」
曝気槽で処理して再利用するというコストがかかる発想が出るはずも無い。
大量に発生する生活排水はそのままダンジョンの中に流し込まれ、なかったことにされた。
「中央広場は排水路の上だで、あの辺りの連中はそれを使っとるんだわ」
「ダンジョンに流し込まれた水はどうなっているんですか?」
店長は首を横に振る。ベリアルは険しい顔。
「お前たちは言うなれば、川にゴミを捨てる釣人の人」
べリアルの声は液体ヘリウムよりも冷たい。
「ダンジョンに流し込まれた汚水は魔界を汚染した。
原因不明の奇病でベヒーモスは倒れ、ハーピーたちが姿を消し、魔界の春から『音』が失われた。それが、私が人間と戦争を始めた理由」
「そんな……」
ベリアルの告発にユージはショックを受けた。
学校や魔法庁が教える歴史とはまるで違う。
うなだれるユージの肩を店長がバシバシ叩く。
驚いて顔を上げると、ベリアルが舌を出して笑っていた。
「あ、くそ。冗談なんですね。深刻な顔だから騙された」
「はは、わるい、わるい」
ぜんざいの上でとぐろを巻いていたソフトクリームが溶けて崩壊した。
ベリアルはマーブル状に混ざった所をスプーンで掬って口に運ぶ。
「ダンジョンに汚水が流し込まれているのは事実だし、中央広場の連中が排水使っているのは本当だけどね」
横で店長が頷く。
ガタン!
と椅子が音を立てた。
ユージは口を押さえて立ち上がった。
汚水が戦争の原因であって欲しかった。
不謹慎だと思いつつ、ユージは心の底から願う。
広場の水が生活排水という事実の方が冗談であって欲しかった。
心の中で何かが剥離していく。
串焼きが体の中で暴れ出すような気がして猛烈に気分が悪い。
吐きそうだ。
トイレに行かないと。
足を踏み出すことができたのか、もう、思い出せない。
「ユージ、おい、ユージ――」
ベリアルの声が遠のいていく。
世界に帷が下ろされていく。




