「復讐するは我にあり!」は「復讐するのは私です」という意味ではありません
「ぎゃふん」
予告もなしにドアが開いて、ユージの顔を強かに打ち付けた。
「あ、ごめん。ごめん」
ベリアルが不思議そうな顔で見下ろしていた。
「そんなところにいるとは思わなかった」
だから、私は悪くないよね、という顔。
「もう、大丈夫なんですか」
「うん、いろいろ出したらスッキリした」
魔王といえども悲しい時は泣く。
それが、今回、ユージが得た貴重な知見。
ベリアルの依代は思春期の少女。
その精神が干渉してベリアルに人間性を付与しているのかもしれない。
「じゃあ、犯人をぶっ転がしにいこうか」
あ、思った以上に魔王だった。
この魔王の取扱説明書、まだ完成していない。
「魔王様、見て下さいこの痕」
ユージはわざとらしい言い回しで、床の奇妙な模様を指差した。
「廊下の先まで転々と続いています」
「んーそれって、聖水の痕じゃないかな」
「聖水?」
聖水って、ただの水じゃないのか?
ユージは訝しがる。
「知ってた? 流しのさ、ヌメリが取れるんだよ、聖水って」
「え、なにそれ?」
「だから、床が浄化されているんじゃないの?」
「漂白剤みたいですね」
一部の人間はありがたがって飲用したり、体に塗り込んだりしている。
神族のパワーを取り入れるということらしいのだが、ユージは感じたことがない。
「健康って、不健康ですね」
「何のこと?」
「いえ、こちらの話です。じゃあ、これを辿れば犯人のところに」
「行けると思う。急がないとね」
二人は聖痕を辿って追跡を開始した。
とはいえ、第9ダンジョン外縁の巨大迷宮、一筋縄ではない。
廊下には電灯なんてついていないから日中でも暗い。
住民は絶えずゴミを出して通路を埋めるし、得体の知れない液体が上から横から染み出して追跡を妨害してくる。
おまけに聖痕の間隔は不規則で、探索をより困難なものにしていた。
それもユージの妙に鋭い観察眼と、ベリアルの執念で乗り切っている。
通路が交差する角で、聖痕が一旦途絶えた。
ここで犯人が一度立ち止まり、そのあとで駆け出したのかもしれない。
ユージは通路に屈んで聖痕の続きを探した。
「部屋の方は大丈夫だったんですか」
ベリアルもサロメの聖跡を探している。
「片付けがクソ面倒。クローゼットの中はグチャグチャだし、棚は倒れているし」
抑揚がない。
ベリアルの声は静かだ。
静かな怒りを感じる。
「ドラキューンは足が折れてたし」
「良かったじゃないですか」
「はぁ?」
ベリアルは足を止めた。
怪訝な表情でユージを睨みつける。
「限定品じゃなくて」
「それは、慰めてくれているんだよね?」
ユージは無邪気に頷く。
ドラキューンは一体数千エンの着せ替え人形。
工業的に製造された玩具だから、入手自体は簡単。
ユージが言っていることにも一理ある。
でも、なんで倒置する?
せめて『限定品じゃなくて良かったですね』って言えよ、とベリアルは思う。
「はぁ。お前がなんでゼロ課にいるのか分かった気がする」
「え、それよく言われるんですけど、なんでなんです」
べリアルはこめかみを押さえて首を振った。
ユージに共感性を求めるのは間違っているのかもしれない。
多分こいつには悪気がない。
だからこそタチが悪い。
「でも、不思議だと思いません?」
「何が?」
「サロメを盗み出した犯人はここの住人ですよね?」
「聖痕に迷いがないから、そうだと思う」
もし、犯人がユージのような部外者ならこのマンションの中をあっちこっちと彷徨い歩いているはず。
何が言いたいのかと、ベリアルがユージの様子を伺った。
ユージは真剣に考えている。
「アマテラス製薬から
依代を盗んだ犯人との関係がわからないです」
「同じ人か……関係者じゃないの?」
「アマテラス製薬みたいな一流企業の社員がこんなところに住んでるなんて、おかしいと思いません?」
「お前なぁ」
ここに住んでいる魔王の前でそれを言う?
ベリアルは呆れ顔。
納得はできるけど、もっと言い方があるだろう。
今度、勇者マモルに会ったら、どういう教育をしてきたのか聞いてみよう。
そう決心した。
「まあ、犯人を捕まえればわかること」
ベリアルは気合を入れて拳を振り上げた。
「復讐するは我にあり!」
魔王がそれを言っていいのだろうか、とユージは密かに思った。




