ストレスを受けて分泌されたコルチゾールは、涙と一緒に体外へ排出されるに違いない
ユージが銃を構えて部屋に突入した。
ベリアルは外で警戒している。
ドアの周りには異変はない。
天井にもおかしな点は……特にない。
床もおかしなところは、
「ん、なんだ、これ」
床に奇妙な模様がついていた。
「何か飛び散ったような?」
油断すると上の階から生ごみやら、犬の死体やらが降ってくる場所だから、得体の知れない液体が飛び散っていても直ちに不自然ということはないのだけれど。
ユージはこの異変を察知して警戒していたのか。
腐っても勇者の息子、侮れない素質。
ベリアルは素直に感心した。
がちゃり、と音がしてドアが開いた。
室内のクリアリングを終えたユージが顔を出した。
「やられました」
「なに?」
「サロメがいません」
中に入ろうとするとユージが通せんぼする。
「入りたいんですけど」
ユージの奇妙な行動でベリアルは察した。
嫌な予感が鼓動を速くする。
ベリアルはユージを押しのけた。
「ああ!」
居間が撹拌されていた。
コレクション棚が引き倒されて、中に飾ってあった人形たちが床に散乱していた。
クローゼットも開けられ、中が荒らされている。
ユージは意外だった。
ベリアルがもっと感情を爆発させると思っていたから。
だから、いま、どう話しかけたらよいのか迷っている。
ベリアルは足元に転がっていた「ドラキューン」を拾いあげた。
その足は、右膝から先が折れて無くなっていた。
乱れた髪をそっと解きほぐして倒れた棚の上にそっと座らせた。
ベリアルは、強く手を握り、噛み締めるようにして言葉を吐き出す。
「勇者に倒されて……」
ベリアルは振り向かずに続けた。
「依代と一緒になって、炎は吐けないし、魔法は使えないし、おなかは空くし、不便に思うことも有るけどさ、良かったと思えることもある」
「なんです?」
「食べ物に味があるんだよ」
「そんなの、当たり前じゃないですか」
「当たり前じゃない。全然、当たり前じゃないんだ。人間は図々しいよ。美味しいものがあって、美味しいものを作れるのに、さらに、魔界まで喰いつくそうとするんだから」
ベリアルの肩が震えていた。
「でも、これは理解できない」
ベリアルがユージに振り向いた。
「脳の中で単純な化学物質が出たり入ったりしているだけなのに、未だに人間が分からない!」
目が真っ赤だ。
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「なんですか」
「三分だけ、表に出ててくれない?」
「え、なにを」
するんですか、と聞きかけた。
ベリアルが大きく息を吸った。
何かに必死に耐えている。
ようやく察したユージ。
「わかりました。外にいますね」
と言い残して、外にでる。
しばらくしてからベリアルの嗚咽が部屋の中から聞こえてきた。
ユージは扉にもたれかかる。
推しが、いや、ベリアルが泣いているのに、何もできない。
どう声をかけるのが良かったのだろう、という想いと、
魔王なのに、何泣いているんだ、という感情が同時に渦巻いている。
俯いて考えていると、自然と床についた奇妙な模様が目に入った。
「何かが飛び散った跡?」
見渡すと、その跡が点々と廊下の先に続いていた。




