第九ダンジョン迷宮案内
「ぎゃふん」
ヒーハーのハの字のまま、口を開けて眼下の景色を見ていたベリアル。
車が着地した瞬間にハンマーで殴られたような衝撃が脳天に走る。
ユージがブレーキを踏みつけた。
そのとたんに車はスリップ。回転しながら横滑り。
屋上に設置されたアンテナをなぎ倒し、植木鉢を吹き飛ばし、何枚もの洗濯物を犠牲にしながらビルの縁まできて、ようやく停車した。
シートベルトを外して、助手席のドアを開け、外に出ようとしたベリアル。
ドアの外へ足を踏み出そうとして、ベリアルは慌てて身を引いた。
当然そこにあるはずの地面がなくて思わず叫ぶ。
「ぎりっぎりじゃないか」
地上五階。
住民が窓からゴミを投げ捨てている様子がよく見える。
下の様子は暗くてよく分からないけれど、碌な状態でないことは確か。
「こっちからどうぞ」
ユージが伸ばした手を取って、運転手側のドアから這い出した。
「いつもこんな運転なの?」
「事故らなければ安全運転です」
ユージが確かめるように屋上の床を踏みつけた。
「ここは張りぼてじゃないですか」
地面が波打っている。
車がグラグラと不安定に揺れた。
そこはユージが指摘するように、竹製の編み籠に防水シートを貼り付けただけの偽物の屋根。
「こっちはコンクリだ。どうなっているんですか、ここは」
「金がある時はコンクリだけど、金欠の時は竹になる。ここらへんの建物は全部そう」
「道理でグリップがないわけだ。良かったですね、落ちなくて」
ユージはケロっとしていた。
「この車どうするんだ?」
「後で回収しますよ」
「どうやって?」
「風船で飛ばすんです」
「面白そうだな、それ」
「乗ります? おすすめはしませんけど」
ユージは車の回収装置のスイッチを入れて、扉を閉めた。
『回収プロセスを開始します。こちらは魔法庁の管轄車両です。車両への接近は法律により禁止されています。回収プロセスを実施中』
パトライトの二回点滅は準備完了の証。
「暫くしたら水素が溜まって浮き上がります」
その間に不用意に近づいた不心得者が車に焼かれるんだな。
まるでゴキブリホイホイだよ。
「まおーちゃんの自宅は隣の建物ですね」
「うん」
「じゃあ、行きますか」
「ああ、そっちじゃない」
ペントハウスに向かったユージをベリアルは呼び止めた。
振り返ったたユージは怪訝な顔。
「ここはもうダンジョンなんだ」
ベリアルはペントハウスを通り過ぎ、端まで進んで振り向いた。
「一番近くにみえる階段、実は遠回り」
不思議な舞を披露して、ユージを見つめてふふっと笑う。
何の躊躇もなく後ろにジャンプ。
「あ」
ベリアルの姿が消えて、ユージが慌てて近寄った。
「さあ、行こう。こっちが正解ルート」
ベリアルはビルの外に張り出したキャットウォークで手を振った。
*
「この辺りは建てられた時期がバラバラなんだ」
ベリアルが道案内しながら説明する。
「階段はまともに繋がっていないし、廊下もまっすぐじゃない」
道理で歩き辛い。
廊下は歪に湾曲している上に、微妙に上り坂。
「二階を歩いていたらいつの間にか四階にいるなんてのは普通だから」
「ワープゾーンとかあるんですか?」
「ないよ。あるわけないだろ。そんな魔法みたいなトラップ」
二人はしばらく無言で歩いた。
「まおーちゃんの部屋も少し迷いましたけど」
「あそこは少し古い区画で二階だからさ、初心者向けなんだ」
「ターンテーブルとかあるんですか?」
「ないよ。あるわけないだろ。そんなゲームみたいなトラップ」
また無言が続いた。
「壁抜けとかあるんですか」
「あるよ」
「ですよね。あるわけ……あるんだ」
「ここら辺はややこしいからさ、住民が勝手にショートカットを作っているんだよ」
ベリアルは立ち止まる。
「ちょうどここ。そのドアとドアの間のメーターボックスを開けてみて」
ユージは言われるままに、メーターボックスの扉を開けた。
「階段だ」
そこにはあるべきメーターはなく、どこに続いているのかも分からない細く急な階段――というよりも梯子がかけられていた。
「さて、ここを降りれば懐かしの我が城だ」
*
狭い階段を苦労して下り立ったユージ。
続いて降りてきたベリアルに手を貸した。
「そこ曲がれば部屋の前だよ。準備は良い?」
「何のです?」
「何って、冒険から帰ったら『やっぱり我が家が一番』って言わないと駄目だろ」
「そんなルール、初耳ですよ」
「え? 憲法で決まっているんじゃないの?」
「そんな法律はないですね」
「 何? この記憶?」
「依代の記憶じゃないですか?」
角を曲がろうとしたベリアルの手をユージが掴み、引き戻した。
「え?」
ユージの目つきが鋭い。
いつの間にか銃を抜いていた。
「何かおかしいです」
ベリアルは角からゆっくりと頭を出した。
「特に変なところはないけど」
そこにはいつも変わらない、薄汚れた通路があるだけ。
「慎重に行きましょう」
二人は警戒しながら部屋の前に移動した。
部屋の中の様子を伺うものの、おかしな気配は感知できない。
ユージも首を振った。
ベリアルはドアノブに手をかけた。
「鍵、掛けたよね」
ユージが銃を構えた。
「鍵、開いている」
二人はお互いに頷き合う。
ベリアルは扉をゆっくり開けた。
銃を構えたユージが警戒しながら部屋に突入した。




