何かとても大切な事を忘れている気がするけれど、どうしてもそれを思い出せない
ユージの車はベリアルの自宅に向けてスピードを上げている。
当のベリアルは車窓から見える工場地帯の風景に合わせて鼻歌を歌っていた。
「ご機嫌ですね」
「工場のさ、パイプって好きなんだよね」
「怖くないんですか?」
突如として降りかかった、人造依代窃盗事件の容疑。
今やベリアルは超重要容疑者。
「だって、私、魔王だよ」
ユージがクラクションを鳴らして追い越し車線に割り込んだ。
ベリアルは思わずアシストグリップを掴む。
「アポイントメントとってくる勇者なんていないからね」
食事中だろうが、寝ていようが、シャワーを浴びていようが、敵は容赦ない。
「私が出現する時はちゃんと予告しているのにさ。社会人としてマナーがなってないのよ」
「何か、申し訳ないですね」
「魔法庁が来るのはどれくらいかな?」
「今すぐということはないと思います。魔法庁もアマテラス製薬ほどでないですが、体質としては古いので」
令状とか書類とか、庁内や省との調整で時間がかかるということ。
ベリアルに残された時間はまだ余裕がある。
「けど、時間の問題ですね」
「くう、緊急配信なんてするんじゃなかった」
魔法庁の調査官や王都の騎士自体は怖くない。
「せっかく育てたアカウンがBANされると痛いな」
「そうですね」
二人の目下の心配ごとは、身体的な恐怖ではなく「まおーちゃんねる」の存続の方だった。
「事情聴取となると面倒ですね。魔王ですし」
「まだ、何も悪いことしてないのに」
「まおーちゃんの依代って、履歴はしっかりしているんですか?」
「……そこ聞かれるとまずい」
ベリアルの依代は、ダンジョンのトラップにかかっていた少女の体。
瀕死だったのか遺体だったのか、そこは議論の分かれるところ。
同意があったという証拠もない。
あったとしても魔法庁には意味がないだろうし。
「どうしようも無い時は、私がまおーちゃんを現行犯逮捕しますから」
ベリアルは運転するユージに振り向いた。
ユージはちょっと前傾姿勢。
前しか向いていない。
隣の車線に空きを見つけては頻繁に車線を変更するスタイル。
ハンドル握ると性格変わるヒトって本当にいるんだな。
「ゼロ課が取調べるってこと?」
「一応、逮捕した部署に取調べの優先権がありますから」
「何の罪でさ」
「ダッシュボードの中に銃があります。それ持っていて下さい」
ベリアルはダッシュボードを開けた。
小さな回転式拳銃を手に取る。
「銃なんて撃ったことないよ」
「お守りですよ。銃の不法所持で逮捕すれば、多少の時間稼ぎにはなります」
「へえ、これ面白い」
ベルアルの手の中から銃が消えた。
手を2回握る動作で再び現れる。
「アイテムボックスの応用魔術です」
ベルアルは何度も繰り返し、スタイリッシュなポーズを決めては銃を出現させていた。
「ばきゅーん」
「あんまり遊ばないで下さいよ。ツキが落ちるので」
「その間にメガ女神を逮捕するってこと?」
「そうですね」
「大丈夫かなぁ」
「いざとなったら、母のコネだって使いますよ」
「ああ、聖女アンナか、それは心強い……」
魔法庁はあくまで人間側が作った組織。
聖女とは協力関係にあるけれど、行動原理が違う。
魔王が聖女に頼ることが果たして可能なのか?
ベリアルは今朝勇者にかけた電話を思いだした。
困って勇者に泣きついた魔王がいるんだ、プライド的には問題ない。
利用できるものは何でも利用する。
問題なのは、ユージと聖女の関係。
ファミスでの電話の様子をみると、この親子の関係はかなり良好。
アンナは嫉妬深いので有名だから、うまく立ち回らないと、アンナを敵に回すことになる。
魔王 VS 聖女
この構図は避けたい。
ベリアルの心配事が一つ増えた。
「どうしてそこまでしてくれるのさ」
「推しを守るのが勇者の定め」
「変なとこだけ父親に似てるんだな」
ユージが急ブレーキをかけた。
タイヤが悲鳴を上げる。
慣性で前に行こうとする体を四点式フルハーネスが受け止めた。
え? 何か気に障った?
「渋滞です、くそ」
いつの間にか第九ダンジョンの傍まで来ていた。
いつもとは違う視点でこの町を見るのは新鮮。
ダンジョン入口の広場を中心に、法律を無視して広がるアリジゴクのような建築群。
それは、今でも拡大を続けていて、高速道路を飲み込んでいる。
「私の部屋ってあのビルのところだから、ここで降りらればすぐなのにね」
「そうですね……それいいですね」
突然、ユージは車をバックさせた。
後方車両のクラクションと、パッシングにも怯まない。
「しっかりつかまって下さい」
アクセルを全開。
タイヤから白煙が上がる。
急加速。
高速道路のフェンスを突き破り魔王を乗せた車が宙を舞う。
ベリアルは思った。
こんなチャンス、一生に一度有るか無いか。
今こそ叫ぼう。
「ヒーーハー」




