あくまで優先順位は「洗濯」です
「取り合えず食事にしましょう」
「その前に、ちょっといい?」
ベリアルは部屋の隅に追いやった二つのゴミ袋を指差した。
「聖水で汚染された服を洗濯したい」
洋服と下着は、聖水の吸着剤として犠牲になった。
「除染しないと、バイトにも行けない」
聖水なのに除染する。
その語感のちぐはぐさがユージの心をくすぐった。
「洗濯機は?」
「そんな気のきいたものはないよ。わ、あんまり見ないで」
半透明なゴミ袋の中にずぶ濡れになったパンツを見つけてベリアルは慌てた。
ユージは視線をそらして、会話を繋ぐ。
「普段はどうしているんです?」
「コインランドリーだけど、ここから歩いて二十分もかかるから、下着は……服はまとめて持って行ってる」
「それじゃあ、車を出しますよ」
「えーなんか悪いなぁ。催促したみたいでぇ」
「色々聞きたいこともありますから」
「じゃあ、甘えちゃおうかなぁ。ええと、このままだと透けるから、もう一枚ゴミ袋かまそう。流しの下にゴミ袋があるから、お願いできる? その間に化粧しちゃう」
「了解です」
ユージは流しの下の収納を開けた。
ゴミ袋を取り出して、ふと目を上げた時、流しの中の女――サロメと目が合った。
髪は銀髪のショート。
目の色は青色。
顔立ちは西の世界、北半球にいそうな典型的な美人。
Webサロンで講師してそうな顔だな。
その時、顔と記憶が繋がった。
これ、人造依代じゃないか。
ちらりと後ろを確認。
ベリアルはユニットバスの中で化粧中。
ならばと、携帯から魔法庁のデータベースにアクセス。
『アマテラス製薬製、人造依代窃盗事件』
その被害者(?)の特徴に一致している。
どうする? 二課に通報を?
いや……
ユージの指が止まる。
ここに捜査が入る。
魔王の関与が魔法庁に知れる。
ベリアルは拘束。
最悪「まおーちゃんねる」が配信停止。
それは避けたい。
化粧をしながら、ベリアルはユージの行動を密かに見ている。
サロメを見て、何かを思い出したような様子。
ベリアルを気にしながら携帯を確認した時の表情の変化。
ためらうような指の動き。
ユージはサロメの正体を知っている。
ベリアルはそう確信した。
けれど、ユージは通報をためらった。
魔法庁のエージェントなのに。
こいつは職業倫理より、個人の都合を優先する。
そういう人間は嫌いじゃない。
むしろ好き。
ユニットバスから化粧を終えて出てきたベリアルのお目目はぱっちり当社比1.2倍。
「取り敢えず、洗濯と食事が終わったら作戦会議ね」
ゴミ袋を二重にして、一つはユージが、もう一つはベリアルが抱えた。
水を吸った衣服は重くて、ベリアルはふらついている。
「どこに止めたんだ?」
「ダンジョン前の広間の前です」
「え、お前馬鹿だな。あんなとこに駐めたら、車上荒らしの餌食だぞ」
「そうなんですか。困ったな」
ユージは何故か他人事。
緊張感のない会話を続けること五分。
第九ダンジョン前の広場に出た。
ここはもともとダンジョンの地下一階。
住民たちと冒険者が集まり、よってたかって壁を破壊して、露店が立ち並ぶ広場にしてしまった。
その端にユージは車を駐めていた。
「うわ、これは酷い」
その惨状に、ベリアルは目を丸くした。
『警告、こちらは魔法庁の管轄車両です。車両への接近は法律により禁止されています。直ちに離れて下さい。警告――』
その警告を無視した者たちが、車を取り囲むように十人ほど倒れていた。
みんな黒く焦げて、うめき声を上げていた
『調査官ユージを確認。待機モードを終了します』
トランクを開けたユージが、ベリアルが抱えていたゴミ袋をひょいと持ち上げた。
「どうぞ、乗って下さい」
ユージは前に回り込りこんで助手席のドアを開けた。
車を狙った悪漢が返り討ちにされて死屍累々。
そんなものはそもそも存在しないとも言いたげだ。
「シートベルトをして下さい。じゃあ、行きましょう」
軽やかなエンジン音を響かせて、二人を載せた車がゆっくりと動き出す。
ユージはせわしなくクラクションを鳴らした。
広場のど真ん中を、人混みをかき分けながら進む。
「いいね、嫌いじゃないよ。人間たち、もっと争いなさい」
「え、何か言いました?」
「いえ、なんでもないわ。安全運転でお願いします」




