「ぬ」は湿っているのに「ヌ」は犬っぽい
「確認だけど」
ベリアルはいきなり核心に切り込む。
「あなた、私のチャンネルのリスナーなのよね」
ユージは、細かく首を縦に振った。
「いつも言い間違いをネチネチ指摘してくる、岡田裕二!」
ユージは、細かく首を横に振った。
「え? 裕二だからユージじゃないの?」
「ヌルペリオンです」
「……え? ヌル、ペリオンさん?」
「ヌ」は犬っぽいとベリアルは思った。
「ぬ」は湿っぽいのに。
「いつも市民税を納めてくださる……」
「いつも、ではないですが、応援しております」
「ああああ、大変お世話になっております」
ベリアルは反射的に深々と頭を下げた。
唐突に自分のこれまでの言動が恥ずかしくなった。
「我が王国の礎となれ!」
ベリアルはっとして、頭を上げた。
ユージがガッツポーズをしている。
「我が王国の礎となれ!」
いつもの配信みたいに笑ってポーズする。
ユージが満足そうに笑った。
「いつも楽しく拝見してます。これからも頑張って下さい」
ユージは右手を差し出した。
ベリアルは両手でユージの手を握り返した。
「ありがとうございます」
挨拶が終わって、見つめ合っていた二人は我に返って、少し離れ、お互い愛想笑い。
「ヌルペリオンさんは――」
「あ、ユージでいいですよ。アカウント名は恥ずかしいので」
「じゃあ。ユージはマモルの代理でここへ? それとも魔法庁の仕事で?」
「マモルは私の父です」
「そうなんだー、なんか若い頃に似ているな―って思って……え? 息子!」
「父が大変お世話になっています」
今度はユージが深々と頭を下げた。
「いつも迷惑をかけております」
二人はまるで向かい合わせの水飲み鳥。
「やっぱり、アレ絡み?」
ベリアルは流しの女の頭を指差した。
「父から魔王の話を聞いてくれと頼まれまして、なんでも生首で服がないらしいって。そういう意味では、アレ絡みです」
「じゃあ、プライベートなの?」
「ええ、まあ」
「なんで魔法庁と名乗るんだよ。普通に自己紹介しろよ!」
「だって、仕方ないじゃ無いですか、ここら辺の治安は最悪だし、父からここは魔王の城だって言われてたし、魔王に生首って普通、警戒するでしょう。まさか、魔王が『まおーちゃん』なんて、思いませんよ」
「こっちも、勇者の代理が息子で、魔法庁のエージェントで、しかもリスナーなんて思わないよ」
「でも、アレには仕事的にも興味がありますよ。何なんですか?」
「私が知りたいよ。昨日の緊急配信は見てた? よね。 納税してくれてたし」
「ええ、でもあれ、明らかに玩具じゃないですよね」
「ヘアメイクドールではないよ。人間でもない。聖水が出るから天界絡みの何かだろうけど。昨日は大変だったんだから。服は全部駄目になるし」
「ああ、だから全裸で」
ユージは口走って即座に後悔した。
ベリアル耳が一瞬で真っ赤になった。
「忘れろ。じゃないと、殺す!」
「見てません。何も」
子犬の様にたじろぐ様子に、ベリアルはへっと笑った。
「まあ、服買ってきてくれたし。赦す。センスは酷いけど」
「酷いですか」
「酷いね。虎柄の刺繍はないよ、おばちゃんじゃないんだから」
「もっと勉強します」
「あれ、何の話しだっけ?」
「裸を忘れろって」
「そこじゃないよ」
「えーと、そうだ、聖水です」
「そうそう、あの頭、聖水が染み出してくるんだ」
「聖水ですか」
「その顔、何か思い当たる節があるみたいね?」
「ええ、まあ……」
その時、地獄のような腹の虫がベリアルから鳴り響いた。
お腹を押さえて、再びベリアルが真っ赤になる。
すっかり忘れていたけれど、昨日の夜から何も食べてない。
「取り合えず食事にしましょう」




