人間は何かにすがらないと生きていけないのかもしれない
「運命はこのようにして扉をたたく 」
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン。
中から何かが滑る音がした。
ガチャリと音がして鍵が外れた。
ユージは扉を開け、魔王城の中に侵入する。
ダンジョンの辺縁にそびえる違法建築の一室に。
「買ってきましたよ」
ユージが1Kの小さな部屋に入ったとき、魔王ベリアルがゲーミングチェアの上で、一匹の巨大な虫に変わってしまっていることに気づいた。
彼女の体に巻きついた毛布が、何本もの弓形のすじにわかれてもりあがり、柔らかそうな腹を見せつけた。
体を持ち上げてのそのそと動く姿が、繭になる直前のカイコを連想させた。
「結構かかったね」
「女性の服を買うのは初めてなので」
「ここに置いて」
座面を指差し、ベリアルが椅子の後ろに回りこむ。
ユージは手提げ袋をそこに載せた。
「ありがと。奥で着替えるから、ちょっと待ってて」
椅子を滑らせ、奥の居間にベリアルが消えた。
レトロな花がらの引き戸越しに、袋から服を取り出す音が聞こえた。
魔王ベリアルが「まおーちゃん」で、父親の因縁の相手で、それは15~18歳ぐらいの女性で、いつも画面の中で笑っている「推し」だった。
実際に目の前で動いているのに、現実感がない。
むしろ、リアル過ぎて、脳が魔王=まおーを拒否している。
ただ、扉越しに聞こえる衣擦れの音。
その生活感は嫌いじゃない。
同じ場所に存在しているという一体感が世界を特別なものにしてくれる。
流しの中の女がこっちを見て笑った気がして、急に恥ずかしくなった。
昨日の緊急配信は当然見ていた。
まおーちゃんの主張によれば、これはヘアメイクドール。
メガ女神がクール便で送りつけてきた海外製の玩具。
でも人形にしては生々しい。
まるで生きているようだ。
つい最近、配信以外で、これに類似するものを見た気がする。
「ねえ」
サロメを観察していたユージは呼ばれたことに気づかない。
「ねえってば」
大きな声で呼ばれて、慌てて振り向いた。
「なんですか?」
「パンツとブラがないんだけど」
「え?」
「え?っじゃないわよ。下着が無いって言ってんの」
「……あ」
「まさか、服買ってきてって言われて、服だけ買ってきたの?!」
服を買ってきてと言われたから、服を買ってきた。
それでなぜ怒られるのか。
一瞬分からなかった。
でも、よくよく思い出してみれば、彼女は全裸だったのだ。
当然、下着も必要だった。
普段の冷静な自分なら、分かったはずだ。
裸にはパンツが必要。
いや。
いきなり「推し」の裸を目の前にして、冷静でいられるわけがないだろう。
善良な意志の力で記憶を抹消していたのだ。
許して欲しい。
「……買ってきます」
「まって、まって」
踵を返して、ドアノブに手をかける。
その背中にベリアルの声が刺さった。
「もう、いいわよ、今から行ったら時間かかるし、それに、女性下着だけ買えんの?」
回答には三十秒を要した。
「無理ですね」
「はあ。しかたない。スカートは諦めて。これしかないか」
ジャージに着替えたベリアルがぎこちなく出てきた。
「すーすーする」
ベリアルの何気ないセリフに、ユージはうっかり中の様子を想像した。
「下着がないと、何故か落ち着かない。人間は何かにすがらないと生きていけないのかもしれない」
ベリアルが発見した下らない真理を前に、ユージは耳を真っ赤にして頷いた。




