勇者とユージは振り向けない。
「ここが魔王の居城か」
表札に『まおー』という紙が貼り付けてあった。
気分が悪い。
『送った住所に魔王ベリアルがいるから話を聞いてやってくれ。生首で服がないらしい』
父の電話は全く要領を得ない。
生首なら服なんて要らないだろう。
この辺りはダンジョンの付帯設備を勝手に改造した違法建築が立ち並ぶ場所。
梯子と、行き止まりと、抜け道で構成された地上のダンジョン。
自分勝手な住民たちに腹が立つ。
そして何より、「推し」と同じ名前を使う魔王の存在が癪に触る。
懐から対魔族用拳銃を引き抜いて、弾倉を確認した。
父と仲が良いとはいえ魔王は魔王、警戒するに越したことはない。
「せっかくの非番なのに」
頭の中で魔法庁の制圧マニュアルを反芻した。
心を落ち着けるにはこれに限る。
壁に背をつけて、ドアをノック。
部屋の中からは微弱な魔族の気配を感じる。
もう一度、今度は強めにドアを叩いた。
『はい、はい。いますよ。どちら様?』
若い女の大きな声。
「魔法庁だ、ドアを開けろ」
ゴソゴソと不審な音はするけれど、一向に鍵は開かない。
「早く開けるんだ」
『分かった、ちょっと待って』
これは危険な兆候だ。
闘争 or 逃走?
『今、開ける』
と言ったきり、気配が薄れた。
まずい、魔王を逃がすわけにはいかない。
「開けないなら、こちらから開けるぞ! 抵抗は無意味だ。手を見える所に置いて跪け!」
魔法庁謹製の札を鍵穴に叩き付ける。
札がスライムのように変形して、鍵穴に潜り込む。
中でガチャリと音がした。
『抵抗はしない。他に誰もいないから早く入って』
扉を慎重に開けて、部屋の中を一瞥。
1Kの典型的な一人暮らしの間取り。
台所に女が一人だけ。
外と中、どちらも警戒しつつ部屋に入る。
真っ先に目に入ったのは、流しに転がっている女の頭。
これはヤバい。
親父が言っていた生首はこのことか。
応援を呼ぶべきか?
でも、あの、生首、どこかで見覚えが……。
そして、何故か体に毛布を巻いて跪いている女が一人。
あれ?
輪郭に既視感がある。
どことなく推しに似ている。
暗くて分からないな。照明は?
左手を伸ばし、スイッチを点けた。
「え、まおーちゃん?」
「え?」
その瞬間、毛布がはらり、とはだけて落ちた。
頭の中でアドレナリンが爆発した。
「キャア」
女が胸を押さえて床にうずくまる。
本能には抗えない。
脳内を駆け巡る神経伝達物質で頭がぐわんぐわんしている。
「ご、ごめんなさい」
咄嗟に、後ろを向いた。
やっぱり間違いない。
この声、この顔。
画面越しに毎日見ている 「まおーちゃん」に間違いない。
「勇者マモルの代理で来た、ユージです。怪しい者じゃないです」
……バカか私は。これじゃ完全にただの不審者だ。
「お前がユージか! もっと分かるように来いよ」
「すみません」
「とりあえず、服!」
親父の言っていたことが全て繋がった。
意味は全くわからないけれど。
「え?」
「わあ、こっちを振り向くな!」
「すみません!」
「ここ出て右に行くとボーグっていう量販店があるから、そこで服買ってきて!」
「はい」
責め立てられるようにドアを開けた。
「今度は、ドアを5回ノックして」
背中に投げつけられた命令が、何故かとても心地良い。
「わかりました」
扉が閉まるのを確認して、私は走り出す。
量販店ボーグに向かって。




