まおーちゃんは服が着たい!
ドアが激しく叩かれる音でベリアルは目を覚ました。
「あれ、いつの間にか寝てた」
そう口に出してから、ふと疑問に思う。
なんでそんな分かりきったことを人間は追認するのだろう?
自分への言い訳?
この体に入り込んで約一年。
それでも、依代の本能的な行動が理解できないことがある。
再び、ドアが叩かれる。
「はい、はい。いますよ。どちら様?」
インターホンなんて無いから、大声通信。
勇者マモルの代理、ユージだろうか?
暗号を決めておくべきだった。
ダンジョンに近いこの辺の治安は悪い。
不用意にドアを開けるわけにはいかない。
なぜなら、全裸だから。
聖水で汚染された服はゴミ袋の中。
洗濯して、乾かすまで着ることができない。
というのも、専門的にいえば、
神族の排泄物たる聖水は左回りの魔素子で構成されていて、魔族を構成する右回りの魔素子と対消滅する。
俗っぽくいえば、
着たら死ぬ。
家から出られないじゃん。
『詰み』の発生に気付いたのは、今朝のこと。
着れない。
出られない。
パンツもない。
どうしようもない。
勇者に電話するしかない。
リアルな知り合いは彼しかいない。
今、私の鎧は毛布一枚。
あまりに脆弱。
『魔法庁だ、ドアを開けろ』
ドアの外から若い男の声。
魔法庁!
なんで? まだ、何もしてないのに。
台所の流しに放り込んだ女の頭と目が合った。
「こいつか」
昨晩の緊急配信で生首と勘違いした奴が通報。
魔法庁が魔族犯罪として捜査。
可能性はある。
確か、昨日の配信に空気読まない奴がいた気がする。
でも来るのが早すぎないか?
まさか、勇者にハメられた?
――いや、そんな卑怯な奴じゃないか。
『早く開けるんだ』
「分かった、ちょっと待って」
取り急ぎ、毛布を体に巻きつけた。
素っ裸では依代の心臓が保ちそうにない。
「今、開ける」
いや、待って。
今、流しの中を見られたら……。
どうなる?
どうする?
『開けないなら、こちらから開けるぞ! 抵抗は無意味だ。手を見える所に置いて跪け!』
魔法庁のお決まりのセリフ。
ドラマでよく見るやつ。
ガチャリと音を立てて鍵が勝手に外れた。
くそ、魔族に人権はないのか。
観念して、両手を頭の上で組んで、跪く。
「抵抗はしない。他に誰もいないから早く入って」
銃口をこちらに向けたまま、周囲を警戒しながら男が玄関に乗り込んで来た。
ダークスーツに黒の革靴。
流しに転がっている女の頭を一瞥した男の表情が強張った。
あれ?
所作に既視感がある。
どことなく勇者の若い頃に似ている。
こいつかユージ?
男が台所の電気を点けた。
「え、まおーちゃん?」
「え?」
空白の時間にはマクスウェルの悪魔が微笑む。
毛布がはらり、とはだけて落ちた。
依代の頭の中でノルアドレナリンが爆発した。
「キャア」
はだけた毛布をひっつかんでうずくまる。
依代の本能には抗えない。
脳内を駆け巡る神経伝達物質で頭がぐわんぐわんしている。
「ご、ごめんなさい」
男が銃を下ろして、後ろを向いたのがちらりと見えた。
「勇者マモルの代理で来たユージです。怪しい者じゃないです」
いや、絶対不審者だろ。
「お前がユージか! もっと分かるように来いよ」
「すみません」
「とりあえず、服!」
「え?」
「わあ、こっちを振り向くな!」
「すみません!」
「ここ出て右に行くとボーグっていう量販店があるから、そこで服買ってきて!」
「はい」
ユージは飛び上がり、ドアを開けた。
言い忘れたことを、背中に投げつける。
「今度は、ドアを5回ノックして」
「わかりました」
扉が閉まるのを確認して立ち上がる。
色々なことが同時に起き過ぎだ。ちょっと整理しよう。
『まおーちゃん』の名前を知っていたということは、フォロワーなのか?
流しの女と目が合った。
虚ろな瞳に、なぜか、無性に腹が立って、菜箸とお玉を駆使して顔を下側に向けた。
「ん?」
頭からは未だに聖水が漏れ出している。
「排水溝が綺麗になっている」
ひょっとして、魔族って、ばい菌と同類なんだろうか?




