後ろを振り向けない勇者と、前を隠せない魔王
『なんだ』
十二回目のコールで、元勇者マモルが電話に出た。
思ったよりも早かったけど、『なんだ』はないだろう『なんだ』は。
「そこは、もしもし、じゃないと、やりにくいだろ。『もしもし』から『ベリアルです、いつも大変お世話になっております』と対応するから、その先が続くんだ。同級生に電話かけてお父さんが出たみたいな気分だ」
『……悪戯電話か? 用がないなら切るぞ』
「ああああ、待って! 勇者は困っているヒトを助けるのが仕事だろ」
『あん? まあ、間違ってはいないな』
「じゃあ、助けてくれ。非常に困ってる」
『嫌だね』
「速い!」
戦闘以外で、この単語を使うとは思ってもいなかった。
『お前ヒトじゃないだろ』
「いや、差別だろ。魔族差別。それに、こっちに顕現するのにヒトを依代にしているんだから、ヒトはヒトだろ」
『何だと? ヒトを依代に? 聞き捨てならねえな』
「ああああ、それは何だ、言葉の綾というか、あれだ、そう転生! 転生の間違い」
『信用できねーな』
「そう言うなよ、勇者。本気で困っているんだから」
『今は勇者じゃない。元・勇者だ』
「そんなぁ。同じようなもんだろぉ。ノブレス・オブリージュだろぉ」
『それを奪っておいて何言ってんだ』
「頼むよう。グスン。グスン」
配信で鍛えた私の演技力の前に跪くがいい。
『ったく。一体何やらかしたんだ』
くくく、甘いぞ勇者、もう、終わりだ。
「実は――
メガ女神のクール便が2000エンで、
開封の儀を配信したら中身が生首で、
誤魔化したら聖水が溢れだして、
拭いていたから、服がない。
だから、私は悪くない!」
電話の向こうで深い溜息が聞こえた。
『無理だな』
「諦めるなよ。簡単に!」
『それはこっちのセリフだ。それに、実際、無理なんだ』
「なんで!」
『今、天界にいるんだ』
「天界? あの守護女神の件か」
天界は今、揺れている。
守護女神メモルがその震源地。
「天界も正義を振りかざすくせに、大概狂っているな」
『魔王に嫌味を言われるとはな』
メモルは職権を悪用して勇者の私生活を無断で収益化していた。
その中には勇者の妻、聖女アンナとの極めてプライベートな内容も含まれている。
「奥さん大丈夫そ?」
『アンナは問題ないが、天使庁がなぁ……まあ、なんとか片付いた』
それにしても天界にも電話が通じるんだな。
『今、現世に戻るところなんだ。後ろを振り向けないから大変なんだぞ』
「えー困るよ、こっちは困ってるんだよ」
『無理だろ。物理的に』
「助けてくれないと『あの夜』のこと奥さんにチクるぞ!」
電話の向こうで、『誰と話しているの』という会話が断片的に聞こえてくる。
『……いつまでそのネタを引っ張るつもりだ。くそ、分かった」
「助けてくれるんだな」
『これっきりだぞ。だが、俺が行くのは難しいから、ユージを行かせる』
「わーい」
『じゃあ、もう切るぞ!』
「愛してる勇者」
『うるせぇ!』
ツーツーツー。
「ふ、勇者よ、お前は甘い。甘過ぎる。その優しさはいずれお前自身の首を絞めることになるだろう。この世界は、お前が信じるほど美しくはない」
部屋の隅に身を寄せて、服がないから、毛布を被る。
壁にもたれて天井を見つめた。
「ユージって誰だろう?」




