第6話「最初の会話」
4月16日
雨は止んでいた
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昨日より少しだけ空気が軽かった
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坂本は朝から機嫌が良かった
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理由は分かりやすかった
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「昨日マジ助かったわ」
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教室に入るなり、白石に言っていた
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白石は少しだけ笑っていた
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「風邪引かなかった?」
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「全然。むしろイベントやった」
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その言葉で周りが少し笑った
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黒田が呆れた顔をしていた
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「安い人生してんな」
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「青春ってそういうもんやろ」
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坂本はすぐ返していた
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白石も少しだけ笑っていた
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昨日と同じ笑い方だった
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でも、今日は少しだけ自然に見えた
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授業が始まった
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一時間目は現代文だった
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先生の声が眠かった
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途中で教科書を読む時間になった
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順番に読まされるやつだった
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白石の番になった
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教室が少し静かになった気がした
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理由は分からない
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白石は普通に読んでいた
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上手いわけじゃない
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でも、聞きやすかった
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変に詰まったりもしなかった
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後ろの方で坂本が小さく言っていた
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「声いいな」
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誰にも聞こえないくらいだった
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でも、聞こえた
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岡崎は少し笑っていた
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神谷は何も反応しなかった
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一ノ瀬は窓の外を見ていた
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昼休み
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今日は少しだけ席替えの話で盛り上がっていた
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まだ決まっていない
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でも、みんな勝手に話していた
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「前の席だけは嫌やわ」
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坂本が騒いでいた
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「お前ずっと喋るからだろ」
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黒田が言っていた
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白石は、そのやり取りを静かに見ていた
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笑っていた
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でも、自分からは入らなかった
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その時、プリントが回ってきた
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出席番号順に回収するやつだった
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白石が後ろを向いた
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俺の席だった
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「はい」
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そう言ってプリントを渡してきた
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それが、最初の会話だった
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「……ありがとう」
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普通に返した
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それだけだった
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白石は少しだけ頷いて前を向いた
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会話は終わった
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本当に、それだけだった
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でも、少しだけ残った
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昼休みが終わったあとも、少しだけ頭に残っていた
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声は普通だった
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近くで聞くと、少しだけ柔らかかった
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そのあとも授業は続いた
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何も起きていない
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放課後
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今日は珍しく、一ノ瀬が先に帰らなかった
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窓際に座っていた
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夕方の光が少しだけ入っていた
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教室にはまだ何人か残っていた
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坂本がまた話していた
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「白石って、意外とノリ悪くないよな」
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「お前基準だと全員ノリいいだろ」
岡崎が笑っていた
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「いや、もっと静かなタイプかと思ってた」
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白石は少し考えていた
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「静かだよ」
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「いや、そうなんだけどさ」
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坂本がまた笑っていた
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「なんて言えばいいんやろな」
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黒田が椅子を引きながら言った
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「普通なんだよ」
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少しだけ静かになった
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白石は、その言葉を聞いていた
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「普通って、便利だね」
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そう言って少し笑った
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誰もすぐには返さなかった
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冗談みたいだった
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でも、少しだけ違った
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神谷がその時、初めて会話に入った
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「便利だから、みんな使うんだろ」
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白石は少しだけ神谷を見ていた
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「神谷くんって、難しい話好き?」
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「別に」
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即答だった
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でも、少しだけ空気が変わった
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神谷が会話に入るのは珍しかった
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坂本が笑っていた
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「お前ちょっと嬉しそうやん」
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「気のせい」
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神谷はすぐにノートを閉じていた
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その時、一ノ瀬が立ち上がった
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誰とも話さず、教室を出ていった
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白石が少しだけ後ろ姿を見ていた
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でも、呼び止めたりはしなかった
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帰り道
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今日は一人だった
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昨日みたいな雨もなかった
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静かだった
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途中で、ふと思い出した
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「はい」
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昼休みの、あの一言
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本当に普通だった
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特別なことは何もない
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なのに、少しだけ覚えていた
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家に帰った
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今日も特に変わったことはなかった
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でも、少しだけ増えた気がした
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会話とか
声とか
表情とか
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まだ、何も始まっていない
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それでも——
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——少しずつ、“白石 凛”になっていく気がする
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