見える
さっきまでたすけようとしていたはずのあいてが
いまはおれからきょりをとろうとしている
「ひっ..」
なぜおれをみておびえているのかわからない
「だ、い、…」
ことばがでない
したがうまくうごかない
あたまのなかにことばのかたちがうかばない
のどがあつい
こきゅうがうるさい
じぶんのいきが、けものみたいだ
しかいがせまい
うでがおもい、ふとい
おれわ
あしがいっぽまえにでた
「ひっ..」
おんなのこがさらにあとずさる
そのかおはさっきみた
あのくろいけものおみたときとおなじかおだった
こえがした
おーいこっちだ
こえがきこえたぞ
ひとのこえ
ふくすう
もりのむこうからちかずいてくる
まずい
このままみられたら
おれはかんぜんにあれになる
せつめーできない
ことばがない
このからだでちかずいたらどーみても
ばけものだ
にげるか
いやでも
このままにげたらあのおんなのこは
あたまのおくであのこえがする
はいぶんを、えらべ
しかいのはしにすうじがうかぶ
ちから5
ちのう1
みりょく1
うん0
これじゃだめだ
まもれた
でもこれじゃ
なんもできない
こえがちかずく
このあたりだきをつけろさいきんわおかしなけものが
じかんがない
かんがえろ
いやかんがえられない
だから
かえろ
おれはちのうにいしきをたたきこんだ
ちから:5
4
2
1
ちのう1
2
3
【4】
ステータス
力:一
知能:四
魅力:一
運:一
頭の中の濃い霧が晴れるような感覚がする。
思考が、つながった。
まず、自分の腕を見る。
もう太くない。
獣のように膨れていた筋肉は消え、代わりに骨ばった細い腕がそこにあった。皮膚の下に浮く筋と、血で汚れた指先だけがやけに生々しい。
力一。知能四。魅力一。運一。
数字の意味が、今は理解できる。
「…...っ」
目の前の少女がまた一歩下がる。
当然だ、と理解した。
安心したのではない。むしろ逆だ。
彼女の目には、さっきまで獣じみたものだった何かが、今度は痩せた人の形に変わったようにしか見えていない。
それは救いじゃない。もっと気味が悪い。
助けようとした相手に、恐れられている。
その事実が、理解できてしまった。
森の向こうから声が近づいてくる。
「おーい! どこだ!」
「声がしたぞ、この辺だ!」
「気をつけろ、最近はおかしな獣が」
そこで思考が止まった。
無事か、ではない。
誰かの悲鳴を聞いて駆けつけるなら、最初に出る言葉はもっと別のはずだ。
生きているか。怪我はないか。誰がいた。何が起きた。
なのにあいつらは、先に獣を警戒している。
それだけじゃない。声に焦りはあっても、驚きが薄い。まるで最初から何かが出ることを知っていたみたいに。
視線を落とす。
地面に転がる黒い獣の死骸。
さっきまではただの脅威にしか見えなかったそれを、今は細部まで見られる。
おかしい。
黒い獣の体は殴られて崩れていた。普通の獣なら、それでただの肉塊にしか見えないはずだった。
けれどこいつは違った。
崩れた輪郭の奥にある骨格そのものが、最初から獣の形に収まりきっていない。無理やり狼の皮を被せたみたいな、不自然さが残っていた。
野生の獣じゃない。
少なくとも、俺の知っている生き物じゃない。
少女がかすかに息をのんだ。
俺を見ているのではない。俺の向こう、森の暗がりを見ている。
足音が増えた。複数。三人、いや四人。
重さが違う。大人の男が混じっている。
まずい。
状況を整理する。
一、俺がこのままここにいれば、少女はさらに怯える。
二、村人に見られれば、説明が間に合う可能性は低い。
三、逃げれば少女をここに残すことになる。
四、あの獣は異常個体だ。そして、村人たちはそれをある程度予期しているように聞こえる。
導ける結論は一つ。
この場にいる全員が安全とは限らない。
少女だけが被害者で、村人は救助側。
そう決めつけるのは早い。
そこまで考えたところで、こめかみの奥に激痛が走った。
「……っ、ぁ」
視界がぶれる。
木々の輪郭が一瞬二重になり、地面が傾いたように感じた。胃の底がひっくり返る。喉の奥に酸っぱいものがせり上がる。
まずい、と思った瞬間にはもう遅かった。
短時間で二回。
配分を変えた反動だと、直感でわかった。
頭の中に無理やり別の配線を通したみたいだった。
さっきまで繋がっていた思考が、今度は速すぎる鼓動に押し流されそうになる。
それでも倒れるわけにはいかなかった。
倒れたら終わる。
少女が、森の奥を見たまま震えている。
助けを呼びたそうなのに、声が出せない顔だった。
俺はゆっくりと、両手を上げた。
敵意がないと伝えるため。
いや、異世界でも伝わるかどうかはわからない。けど、これ以上前に出るのは逆効果だとわかったからだ。
少女の肩がびくっと跳ねる。
やっぱりだめか、と一瞬で理解する。
今の俺が何をしたって、彼女にとっては恐怖の延長でしかない。
だったら。
一歩、後ろへ下がる。
少女の目が揺れた。
俺が近づくより、離れる方がまだましだと判断した。
「……に、げ……」
声はかすれた。うまく出ない。
けれど、知能が上がったことで逆にわかってしまう。
今の一言は、たぶん届いていない。
音として聞こえただけだ。意味にはなっていない。
足音がさらに近づく。
「いたか!?」
「誰だ、そこにいるのは!」
「おい、返事をしろ!」
返事をしろ。
でもその声にも、妙なものが混じっていた。
焦ってはいる。だが、少女を気遣う響きが薄い。
それより、何がいたのか確認したいという色が強い。
俺は少女を見る。
少女は俺を見て、それから首を小さく横に振った。
違う。
その仕草は「来るな」じゃない。
「声を出すな」だ。
理解した瞬間、背筋が冷えた。
少女は俺を怖がっている。
それでもなお、近づいてくる連中よりはましだと判断したのか。
森の奥、枝をかき分ける音。
影が見える。
男が一人。
その後ろに二人。
さらに少し遅れてもう一人。
手には縄。
籠。
長い棒。
救助に来たようには見えなかった。
黒い獣の死骸を見た先頭の男が、足を止める。
「……死んでる」
その声には驚きよりも、計算があった。
次に男の目が、少女へ向く。
そのあと、俺が下がった先の茂みへ向きかける。
見つかる。
そう思った瞬間、また頭の奥で何かが弾けた。
視界の端が暗く染まる。
耳鳴り。
膝が抜ける。
だめだ。
まだ考えろ。
あと少しだけ。
黒い獣。
少女の反応。
村人の言葉。
救助ではなく、確認。
縄。
そして、『この世界は、おかしい。』
そこまで辿り着いたところで、思考が急に千切れた。
最後に見えたのは、少女の唇だった。
声にはなっていない。
けれど、形だけは読めた気がした。
『逃げて』と
その直後、世界がわずかに傾いた。遅れて、脳の奥を掻き回されるような眩暈が襲ってくる
支えきれなくなった身体がその場に崩れた




