【後悔】
間に合わなかった。
……いや。
半分くらいは間に合ったのかもしれない。
指先は、確かに届いた。
雨で濡れた制服の袖を掴んで、俺は力いっぱい引いた。
小さくて軽い体が、車道の外へ倒れる。
それを見て、少しだけ安心した。
次の瞬間、耳を塞ぎたくなるようなクラクションの音と眩しい白いライトが目の前いっぱいに広がった。
『あ、』と思った時には遅かった。
逃げる余裕なんて、もうなかった。
『もし』、もっと力があれば。
あいつごと抱えて飛べたかもしれない。
『もし』、もっと頭が回っていれば。
最初から手を繋いでいたかもしれない。
危ない道を避けられたかもしれない。
『もし』、ちゃんと伝えられていたら。
危ないから動くなって、本気で言えていたら。
『もし』、運があれば。
今日が雨じゃなければ。
車がほんの少し遅ければ。
そんなことを考えているうちに全身に凄まじい衝撃が走った。
次の瞬間、視界は暗くなった。
『後悔、しているのだろう?』
声がした。
ゆっくり目を開けると、そこは真っ暗な場所だった。上も下もない。足元があるのかもわからない。なのに、不思議と落ちる感じはしなかった。
目の前に、誰かがいる。
輪郭はぼやけていて、男なのか女なのかもわからない。人間なのかすら怪しい。
ただ、嘲笑っている気がした。
『....誰だよ。』
自分でも驚くほど、声が小さくかすれていた。
「そうだな。神、とでも思えばいい」
その言い方が、なんとなく、気に入らなかった。
「俺、死んだのか?」
「死んだよ。』
あっさりしていた。
実感はなかった。
でも、納得はしてしまった。
死んだ。
じゃあ、もう遅い。全てが遅い。
もう二度と戻れない。
もう二度と助けられない。
「……ふざけんな』
「それほどまでに悔いるのなら、やり直しを望むのも無理はない」
「力が足りなかった。知恵が足りなかった。人に伝える術が足りなかった。運も悪かった。そう考えているんだろう?」
言葉が刺さった。
図星だった。
否定したかった、けど
図星を突かれて俺は何も言えなかった。
俺は何も言えなかった。
『ならば、選び直せばいい』
『…は?』
「君は不幸だった。だから君には、何度でも選び直す権利を与える」
暗闇の中に、四つの文字が浮かび上がる。
【力】【知能】【魅力】【運】
「君は好きに配分できる。一つを高めることも、均等に振ることもできる。何度でもだ」
やり直せる。
今度こそ、もう、間違えずに済むかもしれない。
そいつは続けた。
「ただし、何かを極端に選べば、他は壊れる」
「……壊れる?」
「何かを強く望めば、何かは要らなくなる。当然のことだろう? 」
甘い話ではない。
そのはずなのに。
それでも欲しいと心の底から思ってしまった。
「今度こそ、望む自分になれるかもしれないよ」
そいつはそう言った。
優しいはずなのに、どこか他人事みたいだった。
まるで、最初から結果を知ってるみたいに。
やめた方がいい気がした。
あいつの言葉は優しいのに、ひとつも俺を慰めてはいなかった。
「……やる」
返事をした瞬間、暗闇が崩れ光が広がる。次に感じたのは、湿った草の感触だった。
背中が痛い。体が重い。目を開けると、そこは森の中だった。
「……っ」
起き上がる。感じたことのない空気、知らない場所。知らない木々。空は地球よりも明らかに高い。
夢じゃない。
まずは周りを歩いてみよう。
とりあえず、人を探すべきか?
そう思った時、遠くで悲鳴が聞こえた。
「や、やだっ……!」
子どもの声だった。
体が勝手に動いた。木の間をかき分けて進む。すると、少し開けた場所に出た。
小さな女の子が、尻もちをついていた。
どうやら逃げている途中で転んだらしい。
その獣は、狼に見えた。
けれど、どこかおかしい。
肩から前足にかけての筋肉だけが、不自然なくらい盛り上がっている。
速い。だが賢くない。
ただ一直線に、噛み砕くことだけを考えているみたいだった。
心臓が凍る。
まただ。
また、目の前で。
また、間に合わないのか。
あのときと同じだ。
手は届いているのに、間に合わない。
獣が低く唸る。
女の子は動けない。泣くことすらできず、震えている。
頭の奥で、あの声がした。
配分を選べ。
視界の端に、光る数字が浮かぶ。
力 2
知能 2
魅力 2
運 1
各項目の最大が5
合計7ポイント
中途半端だなんて、
考えるより先に、感情が叫んだ。
守れ。
今度こそ。
俺は震える手で、力に意識を叩き込んだ。
力 2
4
【5】
そのほかのすうじがおちていく
ちのう 1
みりょく0
うん 0
とにかく、いまはめのまえの、おおきなけものをぶんなぐればいい
じめんがひびわれる
じぶんでもびっくりするくらいの、はやさでこぶしを、ふるう
にぶいおと。
くろいけもののからだがまよこにふきとんだ。きにたたきつけられ、いやなこえをあげる。
まだうごく、
なら、もういっかい。
じめんをけった。
なぐる。なぐる。なぐる。
ほねのおれるかんしょくがうでにつたわった。
ひたすらこぶしをふりつづけた。きづいたときには、
けものはほねのはへんとにくへんがとびちってバラバラになっていた
しずかになったもりのなかで、じぶんのけもののようないきだけがやけにあらい
かっ、た?
たすけ、られた、?
「ぁ……」
おんなのこのほうをむく
だいじょうぶ、と
いおうとした。
でもことば、がでなかった
「……だ、い、ぃ……」
したがうまく、うごかない。
あたまのなかにことばがあるかんじもしない。
ただ、いきがあらくて、のどがあつかった。
おんなのこのかおがひきつる
おれをみてさっきのけものをみたときとおなじかおをしている
「ひっ……」
あとずさる
おれをみるめはかいぶつをみるめとおなじだった
こきゅうのおとがけもののいびきのようだ
しかいがせまい
うでとあしがきんにくでゾウの足のようにふとい
……ちがう
これ、じゃ
おれ、じゃ、ない。




