ダフィーネ
宿屋の看板は「INN」という文字の下にランプのマーク、昔と変わってないね。だけどね、地球で言うところの宿屋、ホテルとは少々趣を異にする。
冒険者たちは長期滞在が普通だ。人によっては何年も同じ町の同じギルドで仕事をする。ここは、そのような利用法を前提とした施設で、各部屋にバストイレはもちろん、キッチンまで完備している。宿というよりウィークリーマンションと表現した方がいいだろう。もちろん、剣と魔法の世界に相応しい木造なんだけど。
玄関に受付カウンターはあるものの中は無人、クロードは階段を上がって一番奥の部屋へ向かう。この宿屋「溺れる人魚亭」は三階階建て、一、二階にそれぞれ二部屋、三階は特別室が一部屋といった造りのようだ。
トントン
「帰ったぜ、ダフィーネ」
「おかえり、って、この子!! ちょ、何? なんなの?」
ブラウンのセミロングにアンバーの瞳、長身でモデル体型の美しい女性がクロードを睨んでいる。顔つきがそっくりなところを見ても、二人は兄妹に違いない。
「いや、ちと、そこで誘拐をな、これから身代金をせしめるからさー」
「なに、バカなこと言ってるの? 私の目は節穴じゃないわ。こんな子、誘拐しようなんて考えただけで、あんたの首が胴とさよならしてるに決まってるじゃない!」
いやいや、兄妹揃ってすごいねー
この異世界はRPGでいうところの最大MPという考え方はない。すなわち「今、その人が溜め込んでいるMP」ではなく、「どれだけ素早くMPの回転数を上げられるか?」MPの加速度が魔力の基準となる。自動車に例えればゼロヨンがどれだけ速いか? ってこと、だったよね。
だけど、私が巨大な魔法を行使できるのは、詠唱を過去に飛ばすというチート行為をしているから。すなわち、私の魔力加速度が人並み以下だったとしても、百年間詠唱を続ければ、そりゃ、とんでもない回転数(RPM)を叩き出して、タコメーター壊れるよね?
あーー、説明が長くなっちゃったけど、私が持つ潜在的な魔力加速度は大したことはない。なのに、なぜ、私がヤバイヤツと分かるのか? ってこと。
「まーーな」
クロードはギルドであった事件を、かいつまんでダフィーネに説明した。
「分かったわ。我がパーティにようこそ! じゃ、急いで服を買ってくるから、シャワーでも浴びて、ああー、コレ私のバスローブで申し訳ないけど着て待っててちょうだい」
「あ、私、スノウと言います。よろしくお願いします、ダフィーネさん」
「だけど、ほんと、女の私でも惚れ惚れするくらい可愛い♡」
「って、あのー、さっきから、私の決して可愛くない胸ばっか見えてるような気がしますが」
「あ、あははは」
備え付けの姿見を見る。そうか! そうなんだ、初めて見る自分の顔じゃん!
真っ白なピント尖った猫耳、シルバーブロンドのセミロングはハーフアップにまとめられている。透き通るような白い肌、薄い桜色グラデーションを描くチーク、赤く小さな口元、大きな目と丹念にマスカラしたような長いまつ毛、そして左目はルビー、右目はエメラルド、宝石を嵌め込んだような瞳。華奢な肩幅、蜂のように締まったウエスト、小さく丸いヒップ、細すぎる手足としなやかな指先。
まるで、そう、まるで!! 男の情欲を満たすためだけに生まれてきたような、ようなではない! そう作られた容姿、肉体! この子、NPCの記憶がまた私の脳裏を巡る。
「いやだ! いやだ! 慰み者になるためだけの体なんていらない!」
そんな、心中を察したのだろう。この人、めちゃくちゃ鋭い。ダフィーネはひっしと私の体を抱きしめた。
「心配いらない、あなたは、とっても、とっても強いじゃない! もう、誰も、世界中の誰も、あなたを害することなんてできない。そうでしょう? だから、これから、あなたは自分の容姿を姿体を好きになって、お願い、お願いだから、自分を愛して」
勘がいいなどでは済まされない、彼女、人の心を読めるのか? 一瞬で私の全てを理解しちゃった気がする。
「私のために泣いてくれる人なんて、初めてお会いしました。私は大丈夫、ですから……。ちょっと苦しいです」
「あっ、ごめんなさい。私ね、感情共感能力が強すぎるらしいの。初対面の人に失礼したわ」
「いえ、そんなこと」
「じゃ、シャワー浴びて、ゆっくりしててね。あー、髪を洗ったら、その髪留めは外したままがいいわ。魔道の品みたいだから、またハーフアップにセットされちゃう。戻ってきたら解かしてあげたいのー」
という、声が次第に遠ざかる。ダフィーネは急いで町に出かけて行ったようだ。
あーー、これも、いまいましい。そうか、今まで飛んだり跳ねたりしたけれど、髪はきっちりセットされたまま。そりゃそうだ! レ●プしている「人形」の髪が乱れていたら興醒め、という理由で付けられた魔道具に違いない。
いや、でも、今となっては、そこまで考える必要はないだろう。便利な魔道具と思うことにするよー、まさにダフィーネの言う通り、もう私を縛れる人などこの世に存在しない! ね、分かったでしょ? 名もなく愛しい私の中のNPCさん♡
そうだ、そうだ、NPCさん、君は語ってくれないけれど、ちょっとだけ頭の中を検索させてね。
妹、妹、妹の記憶……。ない、ほとんどない。幼い頃に生き別れたってことしかない。奴隷商の暗い檻に二人で閉じ込められていて、妹が先に買われて行った、という微かな記憶、それだけ、たったそれだけ。
落ち着け自分、女神様もゆっくりでいいと言っていた。妹が無事でなければ、このミッションは成立しない! だから大丈夫、慌てず探そう。そう、それでいい。
裸になって、シャワールームへ。クロードはちゃんとした紳士のようだ。気を使ったのだろう「武器も必要だろうから買ってくるぜー」とか言って、出て行ってしまった。
自らの裸体をゆっくり観察してみる。首に残った隷属の首輪の跡だけはどうしようもないが、傷一つ、黒子一つない真っ白い体だ。
暖かいシャワー、こんなの、いつぶりだろう? 私も、もちろん、この子も。もしかしたら、私の前々世、日本が最後かもしれない。
シャワーといってもこの異世界のは魔法のミストが出てくるだけなのだが、湯船にラベンダーの香りがする入浴剤を入れて首まで浸かったような暖かさ。これこそが「気持ちいい、癒されるぅ」という感覚だったよね? なんだか遠ーい思い出だ。
シャワールームから出てダフィーネの白いバスローブを借りた。私にはかなりのオーバーサイズだが、これも久々に感じるタオル地の感覚、洗い立ての洗剤の香り。何気ないことではあるけれど、前世、この異世界に来た時とは雲泥の差、だねー
部屋を見回す。広さで言えば日本のワンルームマンションに無理矢理ツインのベッドを入れた、あるいは、ビジホのツインルームに無理やりキッチンを付けたって感じ。オーク材でできた小さな丸テーブルの上に、さっき食べ残したパンが置いてあった。
私は椅子に腰掛ける。落ち着いたからかな? 今、初めて空腹感が襲ってきた。硬いライ麦パンを頬張る。正直、美味しいとはいえないが、さすがにこれ一つくらいは食べておかないと、って、思った。
主人公との花つながり、沈丁花のつもりでダフネとしたかったのですが、某ダン……とイメージが被るので、ダフィーネとしました。




