クロード
なーんてことを考えて、ちょっとだけ思考を飛ばしていた。私だって、身の危険を感じないシュチュなら、こんなこともあるのだよ。
って、あれ? クロードさんと言ったか、私の前で片膝をついて儀礼のポーズをとってるんですがっ。
「お嬢様、名はなんと申されるのでしょう?」
名? 性奴隷の私に名などない。でもなー、「名前はまだない」とかなー、「月が綺麗ですね」のオジさんみたいだしなー、適当に何か言っとくか?
ああ、わたくし、こう見えて、綺麗な白猫なんですからー、白い、雪のよう……。あれ? なぜに、この単語が閃く? 花の名だね? 記憶の片隅で妙に引っかかる花。スノウドロップ……。あらら、コレ、女神様絡みだな、きっと。
「スノウと申します。叙任式でもありますまいに。なぜ、そのような姿勢を?」
「大層な言い方かもしれませんが、私、人族を代表して貴方様に謝らねばならぬ、と思います」
あーー、何となく分かる気がする。人族が自身を相対化できる美点も思い出したよ。この男、人族のの持つ最低最悪の欠陥「人族至上主義」のことを言いたいのだろう。
百年前は魔帝との戦いが苛烈過ぎて人族の傲慢さが目立つことはなかった。だけど、彼らが崇める神の聖典、聖書みたいなもんだよー、には「神はその姿を模して人族を作り、地上、海、川、空、全ての生き物を統治させた」と記されている。
なんだか知らんが、祀られてるアストリア当人からすれば、なんたる誤解「んなこと言った覚えない!」のだろうけれど、宗教というものは、これを奉ずる者が都合のいいように教義を捏造するのですよ。宗教はその本質において神への冒涜とも言えるだろうね。
一方、人族の「反省する力」により、その傲慢さに気づく男もいるってことだねー
「私は、ご推察の通り、性奴隷でした。魔法を封じる隷属の首輪をうまく外すことができ、ここまで逃げてきたのもその通り。それを知り、私の境遇を憐れんでくださるのですか?」
説明の便宜を鑑み、真実に少し嘘を混ぜた。
「憐れむなどとんでない、お詫びがしたいのです、人族として。どうです? お食事をご用意させてもらいますし、今夜の宿も、それから、そのー、衣類も全てお任せください」
「とはいえ、森羅万象その全てには対価が必要では?」
ニヤリと笑うクロード。
「アハハ、気がつかれましたか? でも、もちろん、その対価は如何わしい何か? ではありませんよ。実は私たちのパーティ、アタッカーがおりませんもので……」
いやいや、むしろ、彼は大した男だと思う。何もかも顎足つきでサービスと言ってしまえば、その恩恵を受ける者が恐縮するだろうし、何より、裏の意図があるのでは? と疑いの目を向ける。
だから彼は、被恩恵者が無理なく了解できる対価を要求した。いずれにせよ、儀礼のポーズはパフォーマンスだったんだろう。でも、そういうのも嫌いじゃない。
ただ、後から分かったことだが、この件、必ずしも彼の遠謀深慮でもないようだった。彼のパーティは妹と二人っきり、しかも二人の職業はヒーラーとバッファーがメインだ。火力不足で、金になるダンジョン深層へ潜るなど、難易度の高いクエストは受けられなかったらしい。
「分かりました。そのお申し出、ありがたくお受けいたします」
と言ったら、まーー、緊張が解れたんだろね。急にタメ口になるクロード君。
「うーーん、でも、さすがに、その服なんとかしないとなー、宿に妹のダフィーネがいるから、見繕ってもらえばいい、あーー、お腹空いてるよな? そこでパンでももらって、っと。ここ深夜までやってるから、着替えが済んだら酒買って、宿舎で飲もうぜ!」
「何から、何まで、申し訳ない」
「何言ってんだい、君、あーー、スノウちゃんは今日から俺たちの貴重な戦力、先行投資、先行投資だよ」
「今、お金はありませんから、服代などは後日、お支払いします」
「まったくー、水臭いなー、いいって、いいって、気にすんな」
そういえば、今更ながら、私のキャラってこんなだったっけ? こんなに真面目だったっけ? という意味だ。
前世はブローと呼ばれ生きてきた。私の内にある人族への恨み、怨念は、本当に酷いものだった。だけど、ふっと思い立って、あっさり魔帝を殺すという暴挙を犯したら、なぜか吹っ切れたんだよね。だから、私は私を取り戻しただけ? 日本にいた頃の日向菜津子、再び、ということかもしれない。
「じゃ、この方は、俺のパーティに入ってもらうってことで、よろしく。明日、また来るから」
「はい、承知しました。では、明日、お待ちしております」
受付嬢、さすがというか、慣れてるというか、何食わぬ顔で返答している。
ギルドから出て石畳のメインストリートを行く。八百屋、果物屋、雑貨屋などはすでに店じまいしているようだが、武器屋、防具屋はもちろん、食堂など、もうずいぶん遅い時間なのに、煌々と灯りがついている。
これも昔と同じ光景だねー、冒険者という職業は基本ブラック。ダンジョンのモンスターたちは夜だからといって休んでなどいない。どんな時間帯でも急遽、装備や薬品が必要になることもある。これら冒険者向けの店は二十四時間営業が普通だ。
「あの、こんなことを聞いて失礼かもしれませんが、何故、クロードさんは今まで二人パーティだったのですか?」
「あれ? 気付かないのかい?」
「え、ええ、裏があるの? みたいなニュアンスで言ったのではないですが」
「俺、治癒師だって言ったよね? 実際、治癒魔法も見せた。教会に所属しない治癒師、ってことは、破門された神職だよ? あー、そうか、長く閉ざされた世界で生きてきたんだよね、スノウちゃんは、世間のこと知らなくて当然か……。失礼した」
おおおお! なる、なるほどぉ!
いやはや、この百年間にかなり大きな社会の変革があったようだ。彼の語るところによれば、魔帝を倒した勇者は「教会」すなわち、この世界の唯一神アストリアを祀る宗教法人が召喚した者だった。
この異世界に公式な宗派は一つしかないので、一般に教会といえばアストリア教ということになるのだが、この教会の力が強くなる、どころではない、各国の王をも凌ぐ権威となった。地球の中世のローマ法王みたいな?
そして、彼らは世界中の治癒師、治癒魔法を持つ者を「神職」として、半ば強制的に雇い入れ、「医療」という社会機能を独占した。地球には独占禁止法というものもあるし、そもそも、怪我や病気を治す機能全てを独占するなんて、めっちゃお金は儲かるだろうけど、ちょーっと、倫理観飛んでない?
すなわち、今では、治癒師は全て神職、僧侶ということになる。クロードのように教会に属さない治癒師は、なんらかの理由で教会を破門になった者たちだ。
破門の理由はあえて曖昧にしたが、彼のような闇治癒師、いわゆる闇ヒーラーは、バカ高いお布施を払わないと治してくれない独占医療企業である教会に比べ、安価に治癒を引き受けてくれる。日々傷の絶えない冒険者ギルドの荒くれ者には、重宝されるし、それなりの尊敬を得られる。
もちろん「闇」という名は伊達ではなく、教会の僧侶以外が治癒魔法を行使するのは教義に反する行為と見做されている。
だが、もはや世界権力である教会だから、寛容を旨とす、ってこと? いや、違うかな? この百年で人族の人口は爆発的に増えている。いくら権力があったって、というか権力があるからこそ、平民たちの数パワーは怖いはず。
あんまり阿漕なことをやり続ければ、反教会運動が起きちゃうじゃん! 闇ヒーラーを黙認することで、教会はそのバランスを取ってるんじゃないかな。
という社会通念からして、パーティ仲間に事欠くくらい、破門僧は忌避されるのかな? ちょっと不自然な気もするんですがー、そこまで聞く時間はなかった。裏通りに入るとすぐクロードたちの宿泊している宿屋に到着した。
どこかで出したキャラ属性を引きずっていますが、クロードの命名は『悪徳の栄え』より。破戒僧イメージです。




