宇宙の果て
間髪を入れず、シズクがハスキー気味なロリボイスで超早口の詠唱をする。
「黒瑪瑙より黒きもの、血潮より紅きもの、綿津見より蒼きもの、天花より白きもの、我、四神に希求す、かの者を六合に封ぜよ!」
むむ、シズク、ジャパニーズ・オタク爛漫だねー、「ライトニング・ストライク」も結構厨二病だったけど。ま、詠唱なんてさ、言霊の力を呼び起こすだけだから、気持ちがこもっていればなんでもいいのですよ。
魔帝の燃え滓は、集まり、固まり、次第にその姿を復元していく。だが、それよりも早く、彼奴の後ろに、いつもの青いんじゃないなー、直径五メートルもある漆黒の巨大な渦、ブラックホールが現れた。
ヒュゥゥゥゥー ゴゴゴゴー
飛行機の窓ガラスが割れた時のようだ。巨大な渦は椅子を机を、部屋にある全ての家具、調度を飲み込んでいく。あー、そりゃそうだよねー、宇宙と繋がったんだから、当然、気圧差ってもんがあるよねー
って、言いながら、私たちは手近にあった柱に必死で捕まってるんですがぁぁ!!!
一方、形になりかけの魔帝は、まだ手足もない、為す術もなく、ブラックホールに飲み込まれ、宇宙の果てに飛んで行ってしまった!!! やった!!!!
「ダイショウリ!」
私はジュステーヌ女王を真似て秋山真之風に叫んだのだが……。
「うん! でも……」
「どうしたの? シズク」
「ゲートがなかなか閉まらないの」
「え゛!」
魔帝もその玉座も全てを飲み込んだブラックホール。直径四メートルくらいに縮んではいるものの、いまだ轟々と音を立て、周りの空気を吸い込んでいる。
メリ、メリメリメリ
嫌な音がした。私たちが捕まっている柱が耐えきれなくなってしまったようだ。
バリバリバリバリ
「うわ、うわわわーー」
柱が折れた。私たち二人は固く強く抱き合う。もう何があっても離さない! その生も死も、生涯、いえ、七度生まれ出ても一緒、永遠に二人は一人。
ヒユゥゥゥ シュン
抱き合ったままの二人は宇宙の彼方に放り出された。背後を見る、今、ゲートの大きさは一メートルほど、数秒後には小さな渦に変じ消えた。
後、十秒、柱がもってくれれば、私たち、生き残れたのに……。
あたりの宇宙空間を見回す。なんだが、暗い、というか、黒い空間がただ広がっている。見える星々はずいぶんと少ないようだ。遠くに名も知らぬ銀河を一つ発見。どこなんだろう、ここは? ケンタウルス星系や地球からは、何億光年も彼方なんだろ。
いずれにしても、魔帝らしき者の姿はない。あのまんま、どっかに飛んでっちゃったんだろねー
彼奴の不老不死の根幹をなす無限再生は何らかの魔法によるものだろう。ならば、魔素が存在せず魔力が働かない宇宙じゃどうなる? 多分、多分だけど、彼奴はあの中途半端な再生状態のまま、延々、宇宙を放浪するんじゃないかな?
とんでもない偶然で、ケンタウルス星系に到達できれば話は別なんだろうけど、その確率は限りなくゼロに近いし、辿り着いたけど百億年後とかだったらさー、もう、あの星に生物なんていないよね?
ま、それは重畳なんだけどさ。
《残念ながら、魔力の働かない宇宙じゃ、帰りのゲートは作れない、帰還アイテムも使えない、どうにもならないね》
空気のない宇宙でも念話は便利だなー
《私たち死んじゃうね。でも、今回は一緒に死ねるの》
《ああー、そうだね。ま、死ねば女神様に会えるんだろうから、たっぷりお礼をもらうとしよう》
《でも、窒息死は苦しすぎるの》
《そうだねー、キツイね》
《こんなこともあるかな? って思って、私「帰還アイテム」を準備してたの》
シズクは私とお揃いのチョーカーに付いているロケットを開けた。中には小さなピルが入っている。
《一つどうぞ》
《毒薬?》
《うん、ナーヴ・イレイザーって言うの。すべての神経を瞬時に麻痺させる薬。一番楽な死に方なの》
なるほど、さすがシズクだ。こうなることを予見していたんだろう。
《1、2、3で飲むの》
《OK。瞬きで数を数えよう》
二人は目配せする。どうせすぐ天界に行く、今度は二人一緒だろう。死とはいえ、希望に満ちた旅立ちでもあるはずだ。でも、なぜだろう、二人の目には涙が溢れてきた。
あーー、そうかー、もう二度と再び、仲間には会えない。その運命を想ってるんだ。
と、言っても、ここから何億光年あるのかも分からないあの異世界に帰還するなど不可能。別れの挨拶をしなかったのは心の残りだが、落花枝に返らず、だね。
いつもの論理思考に戻った私は、ゆっくりと三回瞬きをした。
例によって、目の前が暗転する。虚空の彼方に見える光に向けて泳ぐ、青黒い何かに私は飲み込まれていく。って、今度はオプトインなしかい!
え! シズクは? 固く握っていた手がいつのまにか離れている。そんな……。
不安に襲われた私に急降下が追い討ちがをかける!!!
気持ち悪いがすでに幽体の私は吐くことさえできないのは前と同じ、もう、嫌なのーって……。
グゲ、グゲゲゲゲ!! なんか、くる、きゅるぅぅ、ノ゛ト゛い゛き゛、ク゛セ゛に、なりゅう♡♡
光速越え急降下の後はステレオタイプの天国だった。雲一つない青い空、どこまでも、どこまで続く花畑。遥か遠くに、ギリシャ神殿のような白っぽい建造物が見える。
あっ!!
私の左手は暖かいものに包まれていた。よかった!
と思った瞬間、私の目の前に、私と瓜二つの猫獣人、シズクの顔が覆い被る。キスされた。
「よ、よかったの、もしここでまた、お姉ちゃんと離れ離れになったらどうしよう、って」
シズクの目に銀の粒が浮かぶ、涙は嗚咽に変わり二人はひしと抱き合った。
「さっきから、泣いてばっかりだねー」




