準決勝
さってと、マチアス君と対峙する、私。
彼の剣を構える姿は、なんだか堂にいっている気もしないではない。決闘の際は、無用に重い長剣を使っていたからなんだろね。彼も貴族の子、それなりに剣の修行はしているはずで……、って、アレ? いや、なんだか違うぞ。
この剣技大会で使う木剣は、金属の剣に比べて軽い。であるが故、剣術経験者は軽すぎる違和感を覚えるのが普通だ。なんだろ、彼は、ごくごく自然に剣の切先を私に向けている気がするんだよね。などと、考えていたら。
アレ? アレレレレ? なんだこの違和感は? いや、なに、待てよ、微かだが匂う、この香りって……。
「ヤ、ヤバイ!!」
「はじめ!!!」
って、ああ、試合が始まってしまった。
いけない、頭がボーっとする、この香り、あまりに微か過ぎて、人は感じないだろうし、そもそも人がマタタビを嗅いでも、なんの影響もないはず。だが、だけど、私は猫だ!!!
足がもつれる。サポート靴があれば、この程度は問題ないはずだが、今日はどうにもならない。グラリと私の体が揺れるのを見た、マチアス君は、私の脳天に向かって渾身の一撃を見舞おうとしてる……。
いや、それ、木剣だったとしても、ちょっと……。
あああああああああああ!!!
私のセーフティシステムが無意識下で働いてしまった。
シュン
マチアス君の両の手が綺麗に切断される。
ガラン
手がついたままの剣は、木とは思えぬ音を立て転がった。
ブブブブ!!!!
大きな音を立てて四つの珠が、赤と白に点滅した。
「西・スノウ、魔法使用にて失格! 早く、直ちに医療班を!!!!」
そう、そ・う・な・の・だ。
私の魔法がゼロ秒発動なのは、詠唱を過去に飛ばしているからと説明してきたが正確ではない。視認し、行動を判断し、魔法詠唱を始める、といった、詠唱前の思考、その情報も無意識のうちに過去へ飛んでいる。
すなわち、相手が私に対して危険かもしれない行動をとった、その瞬間、ゼロ秒で私は防御をする、してしまう。
もっともっと厳密に言えば、危険行動場面の映像が、数メートルほどを光の速さで私の目に伝わった瞬間から全ては過去に飛ぶ。今回の場合だと1メートル÷30万キロメートル秒の遅延をもって魔法が発動したはずだ。
要するに「ちょっと待ってねー」なんて、私にはできないわけ。でも、よかった、前世の私なら、一切の躊躇いなく彼の首を落としていただろうから。
「ギャーー、キャーーン、痛いよおー、痛いよう、ママ助けてー」
キっモっ! こんな時にママかよ? 全女子の鳥肌を立ててやまぬマザコンが、ここにいますよ?
ふぅ、あのマタタビは、マチアス君が腰につけていた巾着から出ていたのだろう。彼が医療班に運ばれて行って、パタリと眩暈は止んだ。
「審判さん、あの剣を調べてみてください」
「あ、ああ」
医療班は治癒魔法による再生のため彼の両の手を木剣から外して持って行った。とはいえ血まみれになっている木剣なわけだ。かなーり嫌そうな顔をしながら、審判が見聞する。
と……。
「こ、これは!!!」
その重みに気付いたのだろう、審判はナイフを借りて木剣を削る。中から金属製のプレートが顔を出した。
「こんなもので、脳天を叩かれたら即死でしょう。なんてことだ! 彼はスノウさんを殺そうと考えた、ってことじゃないか!」
「お待ちなさい!」
いっつもいいところで、時の氏神してくれるよねー、セージ・メルクーリ学園長が貴賓室からフィールドに降りてきた。土俵に上がり魔法のマイクを取る。
キーーン
なぜかさー、こういうのハウリングするんだよねー
「セージ・メルクーリです。健全であるべき剣技大会が、このような事態となったのは、私の不得の致すところ。まずは、全校生徒にお詫び申し上げます」
と言って、彼女は深々と頭を下げた。
「本件、競技審判の判断に委ねるには、異常すぎる事件であると考えます。従いまして、私が、学園長の名において決裁することをお許しください」
文句ねーなー的に、ぐるりと観客席を睥睨する学園長。
「ここは学園、その自治が認められております。従って、ここでは私が『法』です。本原則に基づき私、学園長が判定を下します。スノウさんがマチアス君の手を斬った行為については、正当防衛と見做します。ただし、彼女が魔法によりそれを成したのは事実、試合については規定違反による失格とします」
私は、一礼しフィールドを降りた。
「さて、マチアス君ですが、彼の行為は殺人未遂に当たります。ここまでの蛮行は学園自治の範疇を越え、王宮への報告が必要ではないか? と考えますが、これについては、学園内の有識者と相談の上、処分を決めることとします。言うまでもありませんが、彼も木剣の不正改造により失格です。追って沙汰あるまで、彼には自室にての蟄居を申し渡すこととします」
学園長が見事な大岡裁きをしてくれて胸を撫で下ろしてる審判長さん。
「今の学園長判断により、本試合は両者失格、従って、次の決勝はフレイ・ヘイミッシュ・トーバルズさんの不戦勝とする」
お、おおおおおお!!! やった! 海じゃ、水着じゃぁぁぁ!!!
で、まー、あの学園長のことですからね。「優勝賞品の授与」という名目で、私たち一行は学園長室に呼ばれた。
そういや、見ると学園長のテーブルの花瓶には向日葵が挿してある。ずっと夏が続くこの星の植物は地球と似て非なるものだよね、不思議だなーと思ってさ、これも図書館で調べたのですよ。
この異世界の夏期で、メジャーな花は薔薇、向日葵、紫陽花あたり。咲いて、花を落とし、一旦、枯れることもあるが、数か月後には復活を繰り返すらしい。と、考えると、あの王宮の薔薇は、なーーんか魔法なんだろね。
「さて、では、ジュリエットさんとのお約束通り、みなさんを学園の施設『モンフイユ』にご招待いたします」
「ありがとうとうございます!」
「よい夏休みをお過ごしください」
「マチアス君の処遇ついて、聞いてもよろしいでしょうか?」
「気になりますか? スノウさん」
「少しは……」
《いい傾向なの、お姉ちゃん》
私はシズクに微笑んでこう言った。
「私は元殺し屋です。自身の感情を殺す訓練も受けております。ですが、シズクと一緒にいて、少し、感情というものが見えてきた気もするのです」
「憐憫の情ということですか?」
「多分は」
「職員会議の結果次第ですが、放校処分のみで収めよう、と考えております」
「それが学園のためかと思います」
「また、いつものスノウさんですね……。それ以上の発言は謹んでください」
なにせこれ、学園生徒への殺人未遂ですからねぇー、学園長は「放校処分で勘弁してやる、その代わり」なーーんて言って、彼の実家から多額の寄付を貰う算段だろうとは思うけど、まー、それはねー、言っちゃダメだよね?




