フレイ・ヘイミッシュ・トーバルズ
部屋に着いたら、奥のメインベッドルームのクローゼットを開く。
「じゃ、シズク、お願い」
《まかせて、なの》
私と手を繋いだシズクは、リーフ・アネモスの王宮、ジュスティーヌ女王のベッドルームにあるクローゼットにゲートを繋いだ。
リーフ側はウォークインクローゼットの中、向かって右が魔法学園からの出入り口、左がフルール・ブランシュ=メゾンとの出入り口となった。
「さて、私たちはブランシュ=メゾンに帰って休みますね」
「はい、そうしてください。私は、少し荷物を運んだ後、こちらで休みます」
ジュリエットは使用人の力を借りなくても荷物運びできると思う、なにせ女王の部屋のすぐ隣が自室なのだから。
というのは……。
ジュスティーヌ女王は、本来なら父が使っていた王の部屋に入るべきなのだろうが、これを嫌った。まーー、そりゃ、そうだよね。幸い、姫時代に使っていた部屋は真ん中に執務室、兼、リビングがり、左右にベッドルームがある。
一方はゲスト用なのだろうが、これをジュリエットの部屋にすることで、ゲートの機密性と利便性を担保することにしたようだ。要は真ん中の部屋を挟んで姉妹が、暮らすというスタイルになった。
ということで、私たちは、引き続き冒険者をやりつつ、学園にも顔を出してジュリエットのお付きと図書館通い、一週間七日を四日冒険者、二日学園、一日休み、というスケジュールで二週間を過ごした。
今後、シズクのブレッドクラム設置が進んでクエストはどんどん時短していくだろう、半日でクエストが終わるのなら、冒険者としてジュリエットが参加できる日数も増やせる……なーーんて、計画なんだけどね。
私が日本で働いていた頃、休みが待ち遠しかった、仕事をするのは「辛い」と感じていた。でも、今はどうだろう、クエストをこなすこと、シズクの呪いを解く手掛かりを探すこと、ジュリエットの補佐をすること、すべて仕事であるには違いないけれど、全然、全く、苦にならない。
一国、どころか、一星を滅ぼす力が自分に備わっているから? うん、確かに、心の余裕があるのは大きい。でも、違うな、そこじゃない。仲間がいるから、友がいるから、そして何よりシズクがいるから、なのだと思う。って、アレ? なにこの感じ? ま、いいか。
そーーんな、忙しいには違いない日々を送っている内に、ジュリエットの入学式前日となった。私とシズクは学園の寄宿舎に戻り、三人でお茶を飲みつつ、明日からの話をしていた。
「あれ? 学園長さんだわ」
当然だが、魔法の世界にもテレビ電話システムはある。各部屋に魔法の珠が配備されており、投影されるホログラムによって、各自の姿を映し会話するというものだ。
見ると、私たちが囲んでいた丸テーブル中央にあるテニスボール大の球が赤く点滅しており、土星の輪のような感じでメッセージが回っている。
「ア●クサ、じゃなかった、ピジョン、つないで」
まーー、こういうことするのは、どの世界でも「鳩」だよ?
「こんにちは、ジュリエット姫、急な用件となりますが、折り入ってご相談があるのです」
「はい、なんでしょう?」
「あなたは隣国の姫君、寄宿舎の部屋はお一人でお使いいただくのは当然のことと思いますが……」
「同室になりたいというお方が?」
「はい。メイドのお二方は、別のところでお休みになると聞きましたし、その、ちょっと言いづらいのですが……」
「他種族の方ですか?」
魔帝を討伐したこと、殺したのは私だけど、を、全世界、全種族に対する功績である、と考える人族は、この百年でずいぶんと思い上がった、っていうのは折に触れて説明してるよね?
結果として他種族を見下し差別する、成り行き上の必然かもしれないが、それはとっても愚かなだねー、人それぞれだとは思うけど。
「実は、エルフ族の新入生なのです。いく人かの候補に打診しましたが、全て、同室を断られました」
「獣人をして従者にしているジュリエット姫なら大丈夫、とお考えになったのですね」
「スノウさん……」
「いえ、皮肉ではありません。そういう建前でいいんじゃないですか? ねぇ、ジュリエット姫」
「はい。私は能天気な平等主義者と思われても一向に構いませんわ」
「あなた方は、ほんとうに……」
「食えないのはお互い様かと」
「では、これから、ご当人、フレイさんにそちらに行ってもらいますね」
コンコン
しばらくして、ドアをノックする音がした。
「じゃ、私が出てきますね」
「はーーい」
と、ドアを開けると。
「わ、わわわーー、ホンマモンか? その耳」
ちょ、いきなり、人の猫耳に触るな! エルフと言えば、高貴というかお高く止まっている印象が強い。人族に混じって、長く暮らすあのアリーナだって、かなーーり、上品な人当たりなんだけど。
この無遠慮さは、日本の西地区に生息する飴ちゃんオバちゃんに酷似している。で、あるが故、彼女の流暢な異世界標準語が関西弁に聞こえてしまう。
「あのー、マジ、本物ですし、後生ですから尻尾には触らないでくださいね」
「あーー、知ってる、知ってる、ジブンらの尻尾はセーカンタイらしいからなー」
いやいや、金色に輝くブロンドの髪、幽玄の湖のようなエメラルドアイ、ミケランジェロの彫刻を思わせる整った容姿、の、あんたが、平然と、「性感帯」という言葉を、桜桃のような、口から、発するわけ?
「まま、立ち話もなんですから、荷物を置いて奥の部屋へ。ご主人様、ジュリエット姫がお待ちです」
ちょっと待てよ? 私は人族に他種族への差別意識があってフレイ君の同室を断った、と思ってたけど、原因は他にあるんじゃないの?
「あ、そやな」
と、言った、フレイは、大きなトランク二つを置き、奥のドアをノックしたと思ったら。
「いやー、なんか、いろんな人に嫌われてもうたけど、こちらの姫様は大丈夫と聞いたんで……。なんや、申し訳ないけど、よろしいに」
「は、はい……。あ、私、リーフ国女王ジュスティーヌ・ド・ナヴァールが妹ジュリエットと申します」
「スノウと言います」
シズクは、甲を上にし右手を引き上げ、人差指以外の四本を握る、両手人差し指を近づけた。
「フレイ・ヘイミッシュ・トーバルズです。見た通り、エルフ族ですわ。そっちの方のお名前は?」
「私の妹でシズクと言います」
「ウチ、ちゃんと手話も分かるからなー、よろしいに」
あ! このフレイ、シズクが言葉を発することができない理由をツッコマない。ずけずけ話すのに、繊細に扱うべきところを心得ている、ということかもしれない。




