セージ・メルクーリ
魔法学園の螺旋状階段を登り反時計回りに左手方向へ、ピカピカにワックス掛けされている木製の廊下を行く、職員などの寄宿舎へ通じる廊下の手前に学園長室があった。
コンコン
ジュリエットが学園長室の扉、ダークウッドで作られた重厚なドアをノックする。
「ジュリエット・ド・ナヴァールでございます。ただいま到着いたしましたので、ご挨拶に伺いました」
「扉は開いております。どうぞ、お入りください」
これもダークウッド材の大きな執務机に座る学園長は白髪まじりの黒い髪にブルーアイ。コーカソイド系に見えるが地球でいうところのアラブ人に近い感じ、歳の頃は五十代後半か。小柄で上品な感じのする女性だ。
「付き人の、スノウ、こちらは、シズクです」
シズクは手話で挨拶した。
私たち、この日のために、メイド服を誂えてもらったんだけどねー、シズクが「コンカフェみたい♡」とか言って、喜ぶ、喜ぶ、むぅー
いわゆる英国風、スタンドカラーの黒ワンピ、ロング状で、なーーんで、ここまで必要なんですか? パニエでふわり、フリル付きの胸当て付きエプロンと、髪は後ろで丸めてシニヨンでまとめている。
私の趣味じゃないけれど、妹と二人「合わせ」でコスプレしてるって思えば、楽しいこと、なんだろねー
《わーーい、わーーい》
なーーんか、これ着てるだけで、シズクのテンションがめっちゃ上がってるんですが。
「学園長のセージ・メルクーリです。どうぞ、お三方とも、こちらのソファーに」
「私たちは使用人ですから……」
「私の魔法は、アナライズと言います」
「?」
「ステータスと言いますか、みなさんの『魔法の力』が見えるのですよ。とはいえ、少しでも魔法の心得がある人なら、スノウさんとシズクさんの『凄み』は一目瞭然でしょうけれど」
ちょ、ちょっと不味くない? 確かにジュスティーヌ女王は、隣国への「恫喝」という意味も含め、私たちを送り込んだ。だけど、それは暗喩にとどめておかないとダメなのであって……。ひとつ間違えば、戦争の火種を投じた結果ともなる。
「ご心配には及びません。ここは学校、教育機関です。王の支配など受けず、不偏不党、政治的中立を厳守しております」
「我が姉、女王の失礼の段、どうかお許しくださいませ」
「ジュリエット姫が、謝られる筋合いはございません。今、私が語ったのは建前です故」
「ならば、本音は?」
「あはは、スノウさん、ずばり切り込みますね。当然ですが、私はカマルとリーフの戦乱を望む者ではありません。ですから、王宮にご注進などということは決していたしません。ですが……」
「ふむ、魚心あれば水心あり、ですか?」
「こう見えて、意外と腹黒いのですよ、私」
いやいや、「意外と」じゃないでしょ? まーー、あれですね。この世界の女性は「強い」そう思う。
「分かりました、私共でご協力できることは、なんなりと仰ってくださいませ」
「ところで、メルクーリ学園長、あなたの魔法で、私たちのこと、どこまで見えるのですか?」
「ジュリエット姫、職業=剣聖、レベル=90。スノウさん、職業=時空魔導士、レベルその他全てのステータスはN/A、ユニークスキルは時間遡行。シズクさんもスノウさんとほぼ同じですが、ユニークスキルが空間湾曲、そして……、呪い」
「そこまで分かってしまうのですね。私とスノウがここに来た目的の一つは、彼女の呪いを解く手がかりを探るためです」
「なるほど、シズクさんが言葉を失っておられるのは、呪いによるものなのですね。いいでしょう、お二人には大書庫を自由にお使いいただけるよう、手配しておきます」
「て、お話しの流れからして、その対価は?」
「まー、先行投資です。お返しは、そのうち考えておきます、故」
真っ白な善人などこの世に存在しない。だから、腹黒さを隠さない人が私は好きだし、むしろ信用できると思う。タダほど高いものはない、好意には相応の対価を、無償の善意ほど危険なものはない。
「ジュリエット姫は、そのお歳でレベル90、おそらく数年すればカンストでしょう。こんな方に会うのも初めてですが、失礼ながら、それすら霞んでしまう、お二人。私が魔法で計測できぬ人がいるなど、想像だにしませんでした。たった一人で一国を滅ぼせる人に媚を売らないのは、大馬鹿者です」
「そ、そんなー」
「ということで、お二人には聴講生になってもらいましょう。分かりますね? 図書館の便宜を図るための口実ですが、私は、あなたがたにとっての『学園長』となる、ということでもあるのですよ?」
「一国を滅ぼす力、武のにみにあらず、ということですね」
「スノウさんと話していると、とても楽しくて時間を忘れます。ですが、そろそろ、お部屋でゆっくりされては、いかがでしょう? 寄宿棟の入り口の部屋が管理人室になっておりますから、鍵はそちらにてお渡しします。あ、そうでした。お部屋は二人用ですが、ジュリエット姫はお一人でお使いください、ただ……」
もう、この人に隠し立てはしない方がいいよね。
「あ、私とシズクの寝所は、ご心配に及びません。ご覧になったシズクの魔法は遠方との距離を無にするもの、私共は、リーフに戻って休ませていただきます」
「あはは、もう笑うしかありませんね。正直にお話しいただき、ありがとうございます」
「では」
私たちは学園長室を辞して、いったん一階に降り、今度は右の螺旋階段を上った。
「入り口の部屋が管理人室ですね。ここでしょうか?」
ジュリエット姫が入り口右手の部屋のドアをノックした。
「はーーい」
「リーフより参りました、新入生のジュリエットです。寄宿棟の部屋の鍵をいただきにまいりました」
「おーー、ずいぶん、お早いお付きですね。入学式までまだ二週間はありますよ?」
と言いながら、受付の老婦人は鍵を渡してくれた。
「ジュリエット様には、最上階五階奥の特別室をご用意しております」
マンションでも病院でもそうだよねー、特別室は最上階と決まっている。私たちは階段で五階に上がり、奥の部屋に向かった。ほぅ、ドアにはちゃんとネームプレートが吊るされている。
学園長室にも劣らぬ重厚なドアを開ける。構造は2LDKなのだが、高級ホテルのスイートルームと言った方が相応しいだろう。両方の部屋にでっかいベッド、ビューロー、食卓完備、さすがにバスとトイレは、奥の部屋に一つだ。




