オリエント急行クーデター
スッと、姫様の表情が変わった。怒り? いんや、コレ「してやったり!」かもしれん。
「そうですか、では、致し方ない。ギルベルト、あれを」
「は!」
ギルベルトと呼ばれた、白髪、白い口髭を生やした男は、大臣と思しき閣僚の先頭に立っていた。おそらく、宰相というような位置付けの官吏だろう。懐から何やら大きな紙を姫に渡した。
「このような物、見るも穢らわしい」
「な、なんじゃ、こ、これが余だと言うのか! このようなことした覚えなどない!」
姫は王に見せた写真のような物を一同にも示した。そこには写っていたのは、リーフ王がソファーに腰掛け、酒でも飲んでいるのか赤い顔、その両手は隣に座る女の肩に回されている。女ってーかオーク族の女性だねー、すなわち、王は豚女に囲まれご満悦といった図なんですが。
いやいやいや、ちょっと待ってください、姫様。この異世界にカメラ、もちろんスマホなどというものは存在しない。あの絵は写真といっても魔法による念写のはず。AIも裸足で逃げるような捏造、フェイクなんて、し放題なんですがっ。
「では、スノウ殿、あれを」
あーー、これ、そういことだったのね。私はプリーツスカートのポケットから、マモン王から預かった親書を取り出し、段上の姫に手渡した。
「ふむ、今回の侵略はリーフ王の手引きにより計画された旨、ザフラ王が白状しましたぞ」
「出鱈目を言うのもほどほどにしろ、そのようなことがあってたまるか!」
「姫、発言をお許し願えますでしょうか?」
さきほどの宰相が話を挟む。うーーん、なんだか、よくできた茶番劇のように思えてきた。
「許す」
「その書状、スノウ殿の求めによりザフラ王が認めたものですね?」
「はい、その通りです」
「ザフラ王とて命が惜しい。嘘偽りなど書こうはずもないと愚考いたしますが」
いやいやいや、真面目な顔でそれ言うの? 君。思いっきり論理破綻してるから。
「王の犯罪など前代未聞、これを処罰する法など存在致しません。ですから、ここは姫君、ジュスティーヌ様の裁可を仰ぐしかないかと」
「異議なし!」「異議なし!」
あーー、サクラのみなさん、ご苦労さん。
「して、姫君様は、地球なる星からの転生者とお聞きします。このような際、あなたの世界では、いかように?」
って、まじ、茶番劇どろこか、下っ手くそな三文コメディーシナリオなんですがー、いや、いや、こんな、アホみたいな予定調和のエンディング、「木戸銭返せ!」ってお客さんに叱られるよ?
「国家反逆罪、外患罪ということですね。私のいた日本という国では『外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する』とあります」
「異議なし!」「異議なし!」「ジュツティーヌ姫、万歳!」「新女王、万歳!」
いや、メッチャ怖いんですけど。こんな猿芝居、誰だって嘘だと分かる。なのに一人として異を唱える者はいない。これは、アガサクリスティーの名作『オリエント急行殺人事件』と同じ、ここにいる者、いや、王宮にいる王以外の全ての人が共同共謀正犯だ。
だけど、それも宜なるかなとも思う。
百年前、冒険者は全世界の者を集めても数万人、魔獣を狩るしか能のない、ならず者集団の扱いだった。しかし、今や、彼らはこの世界の石油とも言える魔石を掘り出すため、ダンジョンを攻略するなくてはならぬ存在だ。
もちろん、市民の安寧を脅かす危険な魔獣を狩る、通称隊の護衛をする、犯罪者の捕縛もする、治安維持にも欠かせない者たちは、この世界のキャスティングボートを握るに至った。
すでにその数は百万人を超え、平民でも貴族でもない自由民という特権を与えられている。すなわち、彼らはギルド報酬から源泉徴収される所得税さえ払えば、どの国に行こうが、どの国に住まおうが、全くの自由を保障されている。
そんな冒険者を豊かになった平民が傭兵として雇えば、数百の近衛師団など敵ではない。革命なぞ起こそうと思えば、いつでも、易々とできてしまう世になったということだ。
従って、王族、貴族は、タイトロープを渡るがごとくの立場にある。彼らが平民に「健康で文化的な生活」を保証できなくなれば、直ちにその首が飛ぶご時世なのだ。
リーフ国の王宮にいる者はそのことを熟知している。一人王だけがカビの生えた過去に縋っているという図は滑稽では済まされない、他の者にとっては生死に関わる大問題のはずだ。
「衛兵、反逆者を地下牢へ」
「はっ!!」
これも台本通りだらろう、下手の方から二人の屈強な兵士が走り出てきた。
「ま、待て! 何をする、ぶ、無礼な! 余は王なるぞ!」
「ああ、元・王なー」
「刑の執行は明朝、コンコルド広場にて行う! 宰相、国民に触れを出せ!」
「御意」
「我が父なれど、許しがたき叛逆、その素っ首、妾自ら落してくれよう」
え! やるの? 自分で? いや、首を落とすなんて簡単なお仕事、私が引き受けてあげてもいいのに。ま、姫には姫の考えがあるんでしょう。
「さて、スノウ殿、お隣は、シズク殿かな? 本当に大義でした。ありがとうございます。王族、貴族、のみならず、この国の全ての民から、特別の感謝を」
ジュスティーヌ姫は、段から降り、私たちに頭を下げた。
「姫、いえ、女王様がそのような」
「とんでもございません。全てはあなた様方がいたればこそ。どうか今夜は、ゆるりとお休みくださいまし」
「あのなー、スノウを見つけたのは俺なんだが……」
「あ、いたの、クロード」
「全く……」
「ダフィーネも、ありがとう。もちろん、感謝してるわよ」
「ジュリエットもね」
「いえいえ、私など、ただ随行していただけで」
《お姉ちゃん、分かる? 姫様、すごーーい、無理してる》
《ああ、そんくらいは状況から明らかだねー、ま、そっとしておこう。なんかテレパシー慣れてきたよ、内緒話にはとっても便利だね》
《うん、私、お姉ちゃんと、もっと、もっと、通じ合いたい!》
ってことで、激動の御前会議は終了した。




