ゲート
私という予想もしなかった「伏兵」が現れ、パニックになってもおかしくない状況なんだろうけど、統率乱れることなく、マニュアル通り殿軍をおいて、四万強になってしまった軍勢は粛々と撤退していく。
「見事な撤退ですな。数が拮抗していたとしても、このような者どもと戦って、我ら、勝ち目はなかったでしょう」
近衛師団が私の後ろまで前進し、師団長エッケンハルトが声をかけてきた。振り返ると、若い騎士たちは真っ青な顔をしているが、なんとか持ち堪え、その任を果たそうとしている。
「ええ、そういう意味でも魔族は優秀です」
「百年前、魔帝を退けられたのは、勇者という英雄がいたからではなく、人族がその存亡をかけ、犠牲を厭わなかったから、ということでしょうね」
「確かに、数は力なり、でしたね」
「やはりそうでしたか……。では、掃討戦を?」
「はい。ついでに、これだけの軍勢を送り込んだ『秘密』を調査にいきましょう」
徹底的に恐怖を与える、皆殺しはしない、ということで、姫様とは合意した。私は復讐という頚城から、既に解放されているし、元々、殺しそのものを楽しむサディストではない。
私は近衛師団の先頭を行き、殿軍から将校らしき立派な鎧を着ている者を選び首を刎ねる。それでも、彼らは、怯むことなく私たちを威嚇して、撤退していく。
速度を落としつつ、魔族軍全軍が消えるのを待った後、私たちは森に入ってその足取りを辿った。
「これは……」
森を少し入ったところに、高さ五メートル、幅二十メートルくらいか、大きな洞窟があった。奥には何もない自然の洞窟に見せかけているが、今は多数の兵や軍馬が通った足跡が残っている。まーー、消す余裕なんてなかったもんね。
入って十メートルも行かないところに、あった! 入口とほぼ同じ大きさの「ゲート」だ! 青黒い渦を巻いたそれはワープゲートに違いない。
「大きいですね」
「馬が十頭くらい並んで通れそうです。予想はしていましたが、これだけの規模とは」
「これを作った魔力恐るべし、我が妹の所業で間違いないでしょう。では、少し向こう側を偵察してきますね」
「あ、いや、その」
「ご覧になったでしょう? 私は、淡々と殺し、その責務を全うする者。妹の拉致に逆上して大暴れなど、決していたしませんから」
「我が不敬、どうかお許しを」
「向こうを見たら、すぐに戻ります」
「はい! 先ほど城への伝令は送りました故、じっくり見聞して来てください」
おそらく、私や妹、あるいは魔帝のようなノマド転生者、繰り返す転生の記憶を有している者は、ごく稀な存在なのだろう。稀有な存在は概して強大な魔力を持っている。
もう一つ、私たちだけの大きな才能がある。繰り返す転生の中で、知見が蓄積されて行くことだ。
そして、そして、ここ大事だからねー、試験に出るよ。どうやらこの異世界だけで転生を繰り返す魔帝に比べ、21世紀地球の物質文明まで知っている私たちは、最強を超える者なのですよ!
って、ことなんだけどねー、私はゲートにそーっと足を入れてみる。
あのね、アニメなんかでさ、転送ゲートに足を突っ込み、徐々に入って、という描写があるじゃないですか? アレ、足が切れるからね。それは私の魔法の原理と同じ。だからね、「現実のゲート」はね、もっと、もっと複雑な構造をしてるのですよ。
まず、入口と同位相の亜空間が作られている、そこに人が丸ごと入る、続いて亜空間と出口が繋がる、という動作を人が入る度、瞬時に繰り返しているということだ。単純に空間をずらせている私の魔法と比べ、妹のは非常に高度で精緻な魔法なのですよ。
という講釈はさておき、私は五千キロも離れたオーク族の国に立っていた。
「こ、これは!」
魔素が濃い、めちゃくちゃ濃い。なんらかの環境変化だと思うけど、リーフ比較で数十倍はあるんじゃないかな。
ああー、説明、説明が必要だね? 魔素というのは、この星全体に存在する、魔法の素のようなもの。魔力を電磁気力に例えると、魔素は磁界に当たる。
すなわち、磁界、電流、電磁気力、フレミングの法則が、魔素、意思の力や詠唱、魔力の関係に当たり、魔力から魔法、すなわち、物理現象が生じる、って分かるかなー
ま、それはそれとして、魔素は、魔法が使える高等生物にとって、とてもありがたい存在だが、植物、特に農作物の突然変異を促す。
お馴染みの小麦やトウモロコシは、食用に供せない何かに変化してしまう、ということ。彼らの飢饉は、これが原因だろうね。
荒れ果てた大地の先、数キロほど離れて見えるのが、城塞都市ルルディだろう。魔帝の死後、衰退の一途を辿る魔族。視力のよくない猫の目でも、城壁がところどころ崩れているのが分かる。
「さって、急いては事を仕損ずる。今日はこれで引き上げますか」
私は、そのままゲートに戻り、木に繋いでおいたシュレグに跨る。彼、彼女? あーー、おち●ちんはないようだから、牝馬かな? なんだかこの子、気に入っちゃった。彼女は私に似て、小回りの効く、とても俊敏な馬だと思う。
森の中を縫うように走り、平原を抜け、ものの数十分で、私は白の北門に到着した。物見の兵士が大きな声で叫ぶ。
「おおおおお!! 英雄様のご帰還だ! 疾く王に伝令を!」
まーー、姫への信頼が篤いからこそ、口には出せなかったのだろうが、こんなチビ猫が五万の大軍を蹴散らせるなど、普通の頭で考えれば夢物語だよね。
それが現実となった彼らの喜びは計り知れないものなのだろう。大急ぎで駆け出し、倒けつ転びつ王宮に向かう伝令を見ていると、そう思う。
「よくぞ、お戻りになられました。どうぞ、謁見室へ」
コイツ、誰?
なんだが、私にアテンドする役人も増えている。いや、ゾロゾロ後ろからついて来て、某大学病院の院長回診みたいになってるんですが。
謁見室に入ると王族臣下が勢揃い? 二階席から眺めている人もいるようだ。
コンサートホールでいうところの客席のど真ん中に椅子が一つ、それを取り囲むように人、人、人……。
あそこに座れということか? 着席していいのかどうか迷っていると、一段高い舞台の上から、やっぱり偉そうな言い方で王アンリ・ド・ナヴァールが声を掛ける。
「スノウ、この度の働き、見事であった。その功に免じ着席を許す」
はい、はい。私は黙って椅子に座った。
「して、どうした? ザフラ王マモンの首は?」
「は?」
「父上、何を申されているのですか? 今回の戦、幸いにも我が国への被害は皆無、これを先途に、魔族に戦時賠償を求め、我が国にとって有利な交易をする。そのように、御前会議にて一同の合意を得ていたはず」
「何を申す、勝ち戦なのじゃ、将の首を差し出し、赦しを乞うのが、敗者の習い」
彼、マジで愚王の典型と言えるだろう。窮地には無策で震えて救いを待つことしかできず、一旦、勝利を手にすれば居丈高な王に豹変する。
そもそも、百年前にも「首を差し出す習い」などなかった。この異世界に戦時法はないが、第二次大戦の戦後処理のように「戦争をした罪」などという不合理な考え方もない。
勝者と敗者は冷静な交渉を行い、戦時賠償など、勝者に有利な条件で決着する。これが双方にとって、もっとも有益で、唯一の戦争終結だろう。
「父上! アンリ王、全ては御前会議の決定事項です。使者をザフラに送り、当方の条件を提示、その調印を持って、終戦とする。いいですね!」
「あ、ああ」
まーー、娘に父親は弱いもの? 姫の剣幕に押される形で王は矛を収めた。




