第三章 死者の一分
修道女ミレイアは、法院の門前で三度引き返しかけた。
灰衣修道会が竜鱗を読む行いを禁じてから、百二十年になる。死者の最期を覗くことは祈りではなく盗みである。それが教会の定めだった。けれど大法官の召喚状には、拒めば拘禁と書かれていた。
本当は、罰など怖くなかった。
刑場の竜に母の最後の一分があるかもしれない。その考えのほうが怖かった。
母ナディアは灰鐘市で死んだ。巡回施療師として負傷者を運び、最後まで鐘楼下の救護所に残ったという。遺骨は見つからなかった。ミレイアが知っている最期は、他人が作った立派な一文だけだった。
法院の大広間は、竜を入れるため北壁が外されていた。オルヴァスは外の中庭に伏せ、頭だけを柱の間から差し入れている。鉄鎖には白い封蝋が連なり、その周囲を弓兵が三列で囲んでいた。
大法官エステルの左に検察官レオン、右に公選弁護人リュシア・ネイが座っていた。リュシアは竜の弁護を引き受ける者がいなかったため選ばれた、若いが容赦のない法学者だった。
「証拠能力に関する予備審理を始める」と大法官が告げた。「修道女ミレイア。あなたは鱗を読めますか」
「読める、という言い方は正確ではありません。鱗に触れると、死者が最後に感じたものを、私の感覚として受けます」
「言葉も?」
「死者が聞いた言葉は。考えは分かりません。名前も日付も、見聞きしていなければ分かりません」
弁護人が立った。
「あなたの解釈が混じる可能性は」
「あります。だから灰証法では、見えたものと、それについて私が考えたことを分けて述べます」
「灰証法は、人の頭蓋に残った魔術像を対象とする規則です。竜の鱗にも適用できると?」
「それを決めるのは私ではありません」
大法官の口元がわずかに動いた。
検察官レオンが、被告の体から法廷の面前で一枚を採取するよう求めた。由来の分からない古い鱗では、差し替えを疑われる。リュシアは身体侵襲だと異議を唱えたが、オルヴァスが同意した。
「どれを選ぶ」と竜が尋ねた。
「検察側に選択させます」とリュシアは言った。「都合のよい記憶を被告が出したと言わせないために」
レオンは兵に長い火鋏を持たせ、竜の右肩から、掌ほどの鱗を一枚選んだ。根元に白い輪がある。鱗が抜けると黒い血が一滴落ち、石の上で煙を立てた。
書記官が時刻と位置を記録し、証拠封印をつけた。ミレイアは銀の盆に置かれた鱗の前へ進んだ。
「熱を加えます。記憶は一度読んでも変わりません」
細い銀針を蝋燭で温め、鱗の縁へ当てる。冷たいはずの鱗が脈打った。
次の瞬間、彼女は別の者の肺で息をしていた。
「地面に……横たわっています。口の中に血。右脚が動かない。子どもの泣き声。視界の上に、鉄の棒が六本、弧を描いています」
彼女自身の声が遠くなる。法廷ではなく、土と麦藁の匂いがする暗い場所にいる。
「男の声。『第三弁を開けろ。笛の後だ』。別の男が、『村人がまだ広場に』。最初の男、『だからだ。残れば口輪を見る』」
法廷のどこかで椅子が鳴った。
「高い音。笛です。一度、短く、二度長く。鉄の向こうに、小さい……いいえ、私は推測をやめます。黄色い目。傷のある鼻。口の周りに銅色の枠。泣いているような音」
熱が来た。
「白い火。途切れながら三度。甘い金属の味。上で鐘が鳴っています。七つ、続けて。青い旗、太陽の印。蜂が……」
ミレイアは悲鳴をのみ込んだ。皮膚が焼け、目が沸騰する痛みは一瞬で、あとは不思議なほど暗く、静かだった。
銀の盆へ両手をついて気づくと、大広間に戻っていた。蝋燭の炎が揺れていた。
「一分です」と彼女は言った。「それ以上はありません」
検察官の顔から血の気が引いていた。弁護人はすぐに尋ねた。
「見えた竜が被告だったと断定できますか」
「できません。見えたのは目と鼻先だけです。大きさも、鉄の棒との距離も分からない」
「火が被告から出たと?」
「それも断定できません」
「では、この記憶は被告の行為を証明しない」
レオンが立った。
「記憶が本物なら、竜炎による死を証明する。そして被告は最後の竜として、残火責任令により同族の火の責めを負う」
「残火責任令は事件の七年後に制定された法律です。遡及処罰を禁じる刑律第一条に反します」
「竜は法の外にいた。保護を求めて人の法廷へ来た以上、責任も負うべきだ」
「法の外なら処罰もできない。人として裁くなら、他者の行為で裁けない。検察側は入口と出口で被告の種族を使い分けています」
大法官が木槌を一度打った。
「鱗そのものは物証として採用する。修道女の報告は、感覚像の翻訳として採用する。ただし行為者、時刻、場所については、それぞれ補強証拠を要する。残火責任令の適用は本案で判断する」
彼女はレオンを見た。
「検察官。今の記憶が、公式年代記にあるケルン渡りの事件だと主張しますか」
レオンはすぐには答えなかった。
七連の鐘は夏至祭の鐘だった。青地に太陽の旗も同じだ。公式記録では、ケルン渡りは冬至月に焼かれたことになっている。
傍聴席の最前列で、王室年代記官セヴランが目を閉じていた。
「現時点では、場所と日付を特定できません」とレオンは言った。
オルヴァスの金の目が細くなった。
「一枚目だ」と竜は言った。「まだ九百四十一枚ある」
その数字に、大広間は静まり返った。
ミレイアは竜の胸元を見た。重なり合う鱗の一枚一枚が、閉じた瞼に見えた。
そのどれかの裏で、母がまだ一分間だけ死に続けている。




