2-2:知るしか八卦
「待った?」
「待ってないよ」
デートのお約束みたいな台詞を言い合うめぐるさん。それから——
「はじめまして。手繰こうさでーす」
ぽすんとスクールバックを床に投げ捨てた彼女。
がしゃん!と大きな音が響いた。重そうだけれど、何を入れているのだろうか?教科書や体操着などでは出せなそうな音だ。
「弓哥話さん、高校生。うちらより一個年上だよね?名字も数多くないし、小学生時代にポスターのコンクールかなにかで表彰されてるからわかりやすーい。」
一瞬、頭の理解が追いつかなかった。
なんでそんな昔のことを知っているんだ。名前が伝わってから一日程度だ。
「聞いてない?聞いたよね。これがうちの後遺症ってワケ。スイッチ切れないからさ、知りたくなくてもランダムに情報流れてきちゃうんだ」
いえい。
今日のニュースでやってたよ、とか。
明日テストなんだよね、とか。
そんな程度にかるく話されて、余計混乱した。
彼女はめぐるさんの横にどさりと座った。
彼女の目は綺麗だ。花屋敷さんのように真っ赤でもなければ、標識のように充血もしていない。
けれど、時折その瞳の奥が、スマートフォンの画面を高速でスクロールしているかのように、不自然に細かく上下にブレている様に見えるのは気の所為だろうか?
「話さんもさ、追々知ることになるよ。後遺症のうざったるさっていうのを!……それともそろそろ知れるんだっけ?」
標識をちらりと見やる目。
彼はパソコンを起動している途中だ。
「知れたら良いけどな。白はどう思ってんだ?」
「え?わたし?なにが?」
「こいつの後遺症」
標識の顎で、ぴっと差される。俺の後遺症。
めぐるさんはすん、と一つ鼻を鳴らす。
俺も真似して嗅いでみたが、なにも変わらない。いつの間にかめぐるさんが手に取り、蓋を開けていた、ホットコーヒーの香りだけ。
「先に言うと、話くんから特別な匂いはしないんだよね。普通の、ちょっと怯えて汗かいた男の子の匂いがするくらい?」
「……ギリ悪口だろ。なあ話?」
「言っとくけどひーくんもそうだよ」
「は?」
標識が顔を顰める。いや、素直にショックを受けている。
俺も実際ちょっとつらかったし。
「だーかーら!こう……大きく自分が変わるタイプじゃないんだと思う。それこそ周りに影響を与えるようななにか、だと想像はつくけど……如何せん情報が少なすぎ!」
彼女はもどかしそうに立ち上がってしばらくうろうろと歩いた後、最終的にぼすん!とソファーに大きく腰掛けた。花屋敷さんの膝辺り。
乗っていたクッションがごろんと落ちて、手繰さんがそれを拾って背中に挟んだ。
「情報」
そう呟いてから、彼女は少し目を閉じる。
天井を見上げ、何かを思い出すような表情で。
「チャットで言ってたね。えんてぃてぃに音が聞かれてなさそうだったから。それから、めぐの言う通りなら、自己の変容ではない。花も出会ったときから、別に明らかに変な行動や感覚はないって言ってたし」
「後遺症のデータは無いんだよな?」
「ないね。少なくともマイナスの――文字通りの後遺症しかない。手足の消失とか、PTSDとか。本当に手探りだよ、これだけは」
手繰さんは背中に挟んだクッションに深く体重を預け、天井を睨みつけたまま、感情を削ぎ落としたような声を吐く。
彼女の綺麗な瞳が、また微かに上へ下へと痙攣するように震える。何かを見ているのではない。はずだ。
「さろんも起こすかー」
めぐるさんがそう言って、彼女を軽く小突いた。
なにか寝ぼけていたが、しばらくして花屋敷さんはゆっくりと目を開ける。
「……おはようございます」
「おはー。寝起き早々だけど、さろんは話くんの後遺症、なんだと思ってる?」
「こういしょう」
彼女はオウム返しをしてから、ゆっくりと上半身を起こしてあたりを見回した。
それから、一口ドリンクを飲み、また転がった。
「弓哥さんは。最初ばっくるーむに居たときも、偶々私と出会うまで奇跡的に生きてた、から、そう、身の安全の確保が出来ていなければ、おかしいはず、なのですよね」
まだ少し眠そうな声。
首を傾げながら、頭に思い浮かんだことを精査せずにそのまま口に出しているようだ。
「めぐちゃんはもっと基地としての防衛だけれど、弓哥さんの方は、それ以前の問題なような気がするのです。脅威に出会わない何か。恐れる物の確認じゃなくて、根本的な回避……」
ぺん、ぺん。
花屋敷さんは人差し指で自分の頬あたりを叩く。癖なのだろうか。それともただの無意識下での手遊び?
「うーん、わからないのです」
「そりゃそう、簡単に分かったら苦労しないよぉ」
手繰さんはどこか他人事のようにあっさりと告げた。
クッションを抱きしめ直しながら、彼女は俺の方をじっと見つめる。
「どうせ花は説明が下手だから、ちゃんとばっくるーむについて理解してないでしょ?うちとひーくんで説明してあげる。うちらは情報担当だからね〜!」
ふふん、とドヤ顔。
花、というのは大凡花屋敷さんのことだろう。
標識は無視してパソコンを触っている。こういう会話もいつものことなのだろうか。少し不思議な気分だ。
「じゃーその間、わたしとさろんは今後調べることとか、後遺症とかの方針決めとくね。さろんが喋んないほうが説明はやいだろうし」
「めぐちゃん、それが事実でも言わないほうが良いことはあるのですよ」
「ほら、バーガー食べなー」
子供をあしらうように、フィッシュバーガーを口に突っ込まれる花屋敷さん。
手繰さんは重そうなバックを開く。
大量に詰まった教科書以上に多いのが、ノート。それからモバイル充電器、懐中電灯、携帯食料……少し除いただけで、それらが見えた。
「新しいノートあげるから、メモっていいよ。ばっくるーむって大変で面倒なの!」
「あ、ありがとう。いいの?」
「そのために持ち歩いてんだし!」
手渡されたのは、在り来りな普通のノート。
標識がボールペンを投げ渡す。
「さあ開いて!集中講義、はじめるよ」
トースターから漂うピザの香ばしい匂いと、ゲーム機の電源ランプのようなPCの青い光。
どこからどう見ても、ただの友達の部屋。ただの仲良しの集まり。放課後に他愛もない雑談をしているだけの風景。
「いい? まず前提として、ばっくるーむに安全っていう概念は基本的に存在しないから」
けれど、ポテトをつまみながら手繰さんの口から飛び出したのは、そんな日常を根本から叩き割るようなセリフだった。
「……は?」
「言われたろ?奇跡なんだよ、お前が今生きてんのはさ」
標識が冷えピタの跡が残るこめかみを指先でトントンと叩き、冷徹な目で語る。
生きるための洗礼は、ドンキの買い物だけでは終わらないらしい。
俺は諦めたようにノートを開いた。




