2-1:ジャンクフードと作戦会議
モバイル充電器と、単三電池を一セット。それから、小さな折りたたみ式の万能ナイフ。小型の刃物に、缶切りとかマイナスドライバーとかが揃っているもの。
五千円くらい飛んでいった。学生にしては手痛い出費だ。
めぐるさんにも花屋敷さんにも、「生きるためならやすいでしょ?」と言われてしまっては返す言葉もなく。黙って従ったけれど。
そのままモバイルオーダーしてもらっていたハンバーガーなりポテトなりを回収して、標識さんの家に向かっていた。これはめぐるさんが払ってくれていたようだった。
「二人はまだかな?。一番乗りだね」
「二人っていうのは、さっき言ってた……クレヨンの、星とハートの?」
クレヨンを思い出す。
何回もなぞられた黄色い星型と、嫌に丁寧に書かれたハート。
「そうそう。一人は学校、もう一人は……どこいるんだろ?まあひーくんが帰ってるなら大丈夫でしょ」
信頼なのか、それとも興味がないのか。いやまあ流石に前者だとは思うが。
あっけらかんと笑いながら、住宅地を歩く。駅から徒歩十分?十五分?遠くはないが近くもない距離だ。
花屋敷さんは一番うしろをゆっくりと着いてくる。本当に眠いのか、足取りが悪い。
「もうすぐだよー。ポテト冷めちゃったかな?温めようね」
公園を抜け、マンションを抜け。
最終的に到着したのは、ただの代わり映えのない、住宅地の一軒家だった。
車はない。なるほど、少なくとも両親どちらかは今のところ居なさそうだ。
「ぴーんぽーん」
めぐるさんがチャイムを鳴らす。
鳴らしてから、ポケットに入れていた鍵でドアを開けた。
人の家だが、慣れた手つきだ。それほど彼女ら彼らは仲良しで、信頼しきっている関係性なのだろうか。
「おじゃましまーす」
「……します」
玄関。そこからめぐるさんは躊躇なく足を踏み入れる。
曇りガラスの付いたドアを開ければ、そこには家主であろう少年がソファーに転がっていた。
額には冷えピタ。夏でもないのに扇風機が回っている。
「えっと、あの……」
「眠ってるだけ。そのうち起きるよ。先にアップルパイ食べちゃおー」
「私は眠るのです……」
ばたんきゅー。そんな効果音で花屋敷さんは床に倒れた。
カーペットではなく、木の床の上。
「だ、大丈夫なの?」
「んー?あ、ドリンクなんだっけ?さろんがオレンジジュースでー」
気にも留めずめぐるさんはガサガサと袋を漁る。
暇だった店員によって、HELLOの文字とスマイルが書かれた、紙袋。
「……うるさい、白。声がデカい……」
紙袋の擦れる音に混ざって。ソファーの主が冷えピタを落としながらのそりと身を起こした。
標識東。
通称ひーくん。
想像していたよりもずっと普通の、少し線の細い少年だ。ただし、その目はひどく充血している。声も心成しか乾いている。
彼は机の上のマックを見るなり「死ぬほど腹減った」と呟いた。
「なんかガッツリしたのくれ……」
「はーい」
軽く中を舞った肉量多めのバーガーを彼はキャッチして、直ぐ様開く。
大きな一口、二口食べてから、彼はこちらを見た。
「あれ、知らん奴が居る。や、知ってるか。さろんが写真送ってきたな」
「……勝手に邪魔してごめん、助けてくれてありがとう。話っていいます」
「敬語ぉ?いいよ別に……ただでさえさろんの喋り方はアレだし、白は適当だし、それ以上も……とにかくこれ以上堅苦しいのが増えると頭痛がひどくなる。それに」
彼は一度バーガーを口に運ぶ手を止め、にこりと笑った。
「ようやくチームで男友達が出来んだから、馴れ馴れしく行こうや。な」
にこりというよりかは、にやりのほうが近いかもしれない。
「あ、うん……よろしく、……えっと、ひーくん。さっきは、本当に助かった」
「ひーくんだけは止めろ。あいつらはそう呼ぶけどさぁ……」
「じゃあ、標識?」
「まあ、それでええか……」
話している感じ、彼がこの中での結構な常識人で、胃を痛めるタイプなのだろう。とんでもないチームに助けられたなとは思う。本当に。
今も、飲み物を取ろうと立ち上がった彼が、地面で死んだように眠っている花屋敷さんを踏みかけて驚いているし。
「花っ、お前……ソファー開けるからそっちで寝ろ!」
「んんん……」
標識は文句を言って、めぐるさんを見た。彼女は「仕方ないなあ」とでも言うように、床の彼女を器用に抱え上げてソファーに放り投げる。花屋敷さんは小さく声を漏らしただけで、ぬいぐるみのようにおとなしく丸まっていた。
標識は再びローテーブルの前にドカと座る。
迷わずコーラを取って、半分くらいまで飲んだ。
「ほんとにさあ……お前ら人の家で遠慮がないっていうか……」
「ここでしろってひーくんが言うんじゃーん」
「ひーくんは止めろってば。そりゃだってさあ……お前らみたいなやつ変なとこに行かせるのもさあ……」
標識は言いかけて、残りのハンバーガーを口に放り込んだ。
もぐもぐと咀嚼しながら、彼はリビングの隅にある、やけに大きなデスクトップPCに視線を向ける。
スリープモードの小さなランプが明滅していた。
「残りは?」
「たぐーはそのうち来るよー。ふあは?」
「あー……家に帰った。チャット見ろ、チャット」
「ふーん。ねえトースター借りるよ、ポテト冷めちゃった」
「ついでに冷蔵庫のピザ焼いてくれ。足りん」
「もう一個バーガー食べていいよ?あ、チキンはにあのね」
めぐるさんは軽い足取りでキッチンへと消えていき、しばらくして、トースターのチン、という小気味いい音がリビングに響いた。
後に残されたのは、ローテーブルを挟んで座る俺と標識。そしてソファーで完全にシャットダウンしている花屋敷さんだけだ。
テレビもついていない静かな部屋。ジャンクな油とソースの匂い。
ここがまぎれもない現実の、ただの男性の部屋であることを主張している。
「……なぁ、話、って言ったよな」
コーラの氷をプラスチックのカップごと揺らしながら、標識がボソリと呟いた。
「お前、あん時、音声垂れ流してたろ」
「あん時……?」
「おれがミュート解除したとき」
ああ。
右から来ている、と教えてくれたときか。
「うん。あの声がなかったら、俺、本当に死んでたかも、ありがとう。……あ、スピーカーだとうるさかった?」
「いや、感謝されるのはいいんだけどさ……」
標識はこめかみに残った冷えピタを剥がし、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放り投げた。その目はやはり、痛々しいほど赤い。
ぽり、と頬を掻く動き。
彼は少し首を傾げ、二つ目のバーガーに手を伸ばした。チーズ。
包みを開けてから、なにか唸る。
「……なんであいつら、俺の声が聞こえなかったんだ?」
「え?」
「あの瞬間お前のスマホから、おれの声が黄色い部屋に響き渡ったはずだろ。ノイズが煩いんだ、悪いけどどうしても大声になっちまう」
言われてみれば、そうだ。
あの時、俺の耳元には確かに爆音が飛び込んできた。
スピーカーモードではなかったけれど、程度で言えば、人ひとりが普通に喋るのと同じくらいの大きさだったような気もする。
それに、離れた数秒内にあの化け物も現れた。
常識的に考えれば、音は聞こえたはずの距離だ。
「なのに、えんてぃてぃはターンかましてどっか行ったろ。あー……あんな意味不明な空間に、こういう単語を使うのは憚られるけども」
標識の目が、値踏みするように細くなる。
「普通は有り得ないんだよ」
「普通は」
「おん、普通は」
確かにそうだ。
あの時、這いずるような金属音はすぐ近くまで迫っていた。それなのに化け物は俺に気づかなかった。
前回とは違う、異様な部分だ。
「……後遺症かもな」
「これが?」
「そうじゃないと説明がつかない……かもしれない。いや、わからんけどな。例えばあのえんてぃてぃが戻ってった先で、別の落ちた人間が居て、そいつに狙いを付けたとか。えんてぃてぃがおれたちが知っているのの変異種だったのかもしれないし、何か嫌う場所や音だったのかもしれない」
考えられる可能性は沢山ある、と彼は付け加える。
やや無茶でもあるけれど、確かにそれらは可能性だけで言えばゼロではない。
むしろ、花屋敷さんの言葉――規則正しく不規則なばっくるーむにおいて、常に異常なのが正常というか、わからないことがわかっている――を考えれば、正当性さえあるようにすら感じられる。
「ただ……そんな確かめようがない理由付けより、後遺症なのか、と考えたほうがわかりやすいってだけ。なんだろうな?周囲の認識阻害とか?」
「音の伝達位置の調整、の可能性もあるのかな?」
「可能性だけで言えばな。こればっかりはもう、データが揃うのを待つしかないなあ」
標識はバーガーを口に放り込み、咀嚼しながら再びリビングの巨大なPCを見た。
再度。チン、とキッチンからトースターの小気味いい音がして、めぐるさんがポテトを皿に盛って戻ってくる。
「小難しー顔しちゃってさ、何の話?」
「後遺症だよ、こいつの。ポテト寄越せ」
めぐるさんはローテーブルにポテトの皿を置くと、転がっている花屋敷さんの頭を軽くつついた。
「ポテトあったまったよー」
「んんん……」
「まだお眠か」
魘されているのか、それとも単に睡眠が浅いのか。
花屋敷さんは寝苦しそうに、それでも眠り続けている。
後遺症の対価、いや、こちらの方が対価に対する後遺症か。
それは二人――花屋敷さんと標識――を見ている限り、少なくとも能力に値するよりも辛い代償に見える。
「あ、だから話くん、一人は来ないっぽいけど、もう一人は来るから仲良くしてね」
めぐるさんはケチャップの小袋を器用に歯で引きちぎりながら、事も無げに言った。
「それは……ええと、危ない場所に居るから?」
「ううん、そこからは脱出済み。普通に用事で来られないっぽい。はやく顔合わせしたいんだけどねー」
「確かに。あいつとばっくるーむ内ではじめましてはちょっと……なあ?」
標識がちらりとめぐるさんの方を見た。
目を合わせた彼女も、はは……と薄い苦笑いをする。
花屋敷さんもめぐるさんも、――程度問題で言えば標識も――話していて癖が強いのに。一体そのもう一人はどういう子なのだろうか。
そういえば。
参加して通話をしたはいいものの、未だに閲覧していなかった自己紹介の欄。
俺も何も言っていないし、なにか書いておいたほうが良いだろうか。アプリを開く。
「今日来るのがたぐーの方ね」
めぐるさんが軽くスマホを見てから教えてくれる。
たぐー。
手繰こうさ。その文字が見えた。この子のことだろうか?
【手繰 こうさ】【情報収集するよ】【♡】
それだけ。標識もそうだったが、全員簡素な自己紹介だ。
めぐるさんがここ、と画面を指す。
【情報収集用ログ】
スクロールすれば、膨大な量のURLや、出所不明のオカルト掲示板のコピペがびっしりと並んでいる。
情報収集担当、という言葉の通りだ。
「白から聞いたか?こいつの後遺症」
「一応。なんとなくは、程度かもしれないけど」
「……実物は意外と普通の女子高生だよ。小うるさいけど。みんなさ」
チン。また、トースターの音。
ピザが焼けた、とキッチンからめぐるさんが嬉しそうに走り出した。
「あいつが来たらおさらいすんぞ。ばっくるーむについて、共有済みの知識を全部教えたる」
標識はそう笑いながら、リビングの隅にある巨大なPCの電源ボタンを押した。
低く唸るような起動音が響き、トリプルモニターの画面が青白い光を放って部屋を照らす。画面には、何かの音声波形や、ばっくるーむのマップらしき複雑な階層図がびっしりと表示されていた。
「うわ、すご……全部自分で作ったの?」
「おれ以外も作ってるけど、まあ、チームの自前」
標識の言葉には、もしくはそのデータには。
ただの憶測ではない、生き残るための必死な執念が籠もっている。
彼もまた、脳を焦がしながらこのデータを集め、だれかを死なせないために戦っているのだ。
「お待たせー!ピザだよ!」
めぐるさんが湯気の立つ皿を両手に持って戻ってきた。
ローテーブルの真ん中にそれが置かれると同時に、玄関の方から、ガタゴトと賑やかな音が響いた。
チャイムと、ドアを叩く音。
それから。
「おまたせ!鍵開けっぱなんだけど、気を付けてよね!」
ドアが開く音。
少し高めの、いかにも女子高生といった可愛らしい声。
情報整理担当、手繰 こうさ。
彼女の到着だった。
修正しました 失礼!




