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第9話『ダンジョンへ』


 一晩だけ面倒を見てくれた、あの冒険者達のことを思い出す。

 彼らがダンジョンというものをこの目で見せてくれたおかげで、大体どういうものかを理解出来ていた。


 あの時は『解錠』のパッシブスキルのせいで裏ダンジョンの扉が開いてしまい大変なことになったが、今はステラがいる。

 こうして手を繋いでおけば、望まぬ事故は防げるだろう。


「その代わり、解錠スキル持ちなのに宝箱が開けられないっていうね……」


 なんと間抜けな話だろうか。

 スキルを封じているせいで、当然、宝箱に対しても『解錠』は発動しない。

 そういう訳で宝箱を開くための鍵を探しているところだった。


 道中モンスターも出ては来るが、大きくなれるようになったケルベロスの敵では無かった。

 どれも一撃で仕留めている。

 その度に物足りなさそうな顔さえしていた。


 ダンジョンにも難易度がある。

 一般的にこういう人の行き交う場所に面して開かれているダンジョンは低難易度のものが多く、山奥など行き着くのも難しい場所にあるダンジョンは、生息するモンスターも強く攻略が難しいとされている。

 当然、モンスター素材や宝箱の中身も比例して価値の高いものになっていくため、腕に覚えのある冒険者達は高難易度のダンジョンを目指し旅をする。


 初心者の冒険者向けとされるモンスター相手に、伝説モンスターが遅れを取るはずもなかった。


『つまらぬ』


 ポケットの中で、子猫が呟く。


「ケルベロスって結構好戦的だよね」


『当然だ。そうして作られた』


「……作られた?」


 予想外の単語が飛び出して、思わず復唱する。


「だ、誰に……!?」


 聞き返すものの、返事は戻らない。

 無視しているというよりも、返事に困っている。そういう雰囲気だった。

 直後にモンスターが飛び出してきたので、結局その会話はそこで終わってしまったけれど。


(え? ケルベロスを……伝説のモンスターを『作った』?)


 その疑問は、ずっと俺の頭の中をぐるぐると巡っていた。


 やがて幾つかの鍵を見付け、それに合う鍵穴を持つ宝箱も見付けて、ダンジョンの最深部に向かう。


「宝箱から出たのは回復薬が二つ、後は低級モンスター素材だけ……か」


 まあ、低難易度のダンジョンの報酬などこんなものだ。

 アイテムを鞄に押し込んで、いかにもな石の扉に手を翳すと、それは重い音を立てて自動的に開いた。

 

「ボス戦だ」


『少しは楽しめると良いが……期待は出来ぬだろうな』


 ステラと連れ立って扉を潜ると、同じ音を立てて扉が閉まる。

 大抵、ボス戦前はこうだという。前のエリアに戻ることすら許されないのだ。


 客席の無い闘技場のような、外周を全て岩壁に囲まれた場所で待ち構えていたのはゴーレムだった。

 大小様々な岩を無理矢理に人の形を模してくっつけたような、そんな形をしている。

 重い体を引きずるように動かすせいで、動きは鈍い。だが岩そのものである腕を振り下ろす時の一撃は地面が揺れるほどに重いし、何より硬く、血の通う生き物ではないので毒も効かない。


「……いける? ケルベロス」


『誰に言っている』


 小さな子猫は自らポケットから飛び出し、地に足を着ける頃には大きな獣に変わっていた。

 低く唸ってから地を蹴って飛び掛かる。

 体積だけなら自分よりも大きなゴーレムへと飛びかかり、三つの頭でそれぞれの目線の先にあった岩を噛み砕いた。だが。


 砕けて飛び散った岩はすぐに元の場所へと戻ってしまった。まるで磁石に吸い寄せられるようだった。

 その岩には毒を含む唾液が残っているが、毒は無効とする個体だ。岩の表面が焼けるような音を立てているが溶けてはいない。


「な……! た、倒れない!?」


 俺は慌てる。

 だが、ケルベロスはゴーレムが振り回す腕を俊敏に避けながら、周囲を駆け回って距離を測っていた。


『一々騒ぐな』


 そう言うなり再び飛び掛かる。

 今度はゴーレムの首にあたる部分へと噛み付き、強靭な顎で強引に砕いていく。抵抗を見せる腕も左右の頭に阻まれて上手く動かないようだ。

 やがて真ん中の頭が、ゴーレムの首を砕いた音がした。回復を待たずにヒビの入ったその場所を繰り返し抉ると、緑の色に輝く結晶が覗いた。


「そうか……核だ!」


 いつかに本で読んだことがある。

 一部のモンスターは核と呼ばれるパーツを持ち、核を守るためにこうして固い岩や甲羅を纏うことがある。

 核を壊さなければ永遠に死ぬことはなく、逆に核さえ奪ってしまえばその生命は保てない。そういう生命体なのだそうだ。


 そして、その核は非常に高価だが、非常に脆い。物によっては触れるだけで壊れてしまうほどだ。

 今もケルベロスの口から零れ落ちた核は、粉々に砕けてしまった。これがもし無傷で手に入ったなら『レアドロップ』と呼ばれる素材となる。

 残念ながら、今日はレアドロの収穫は無しだ。


 こうして、俺の初めてのダンジョン攻略は終わった。



「私も戦えませんか? ご主人様」


 ダンジョンを出てまた馬に乗っている時、突然ステラはそう言った。

 俺は返答に困る。

 

 戦闘スキルが無くとも、体を鍛えて武器を握り、戦闘を生業にしている冒険者はいる。

 だが、やはりスキル持ちに比べて、その死傷率は非常に高いと言われる。

 しっかり鍛え上げた男でさえそうだ。

 ステラのような細腕の少女が、スキルも持たず戦闘に出るなんて無謀の極みだ。


(だけど……)


 馬上で俺を振り返る瞳はありありと伝えている。『役に立ちたい』と。

 そういう洗脳なのか、性格なのかは分からない。ステラはあまりじっと後方で待機することを望まないようだった。

 俺としては『解錠』のスキルを抑え込んでくれるだけで、ものすごくありがたいのだが。


「じゃあ、次の街で本を買おうか」


「本……ですか?」


「そうだ。例えば薬草学の本なんてどうだ? 薬師やくしはスキルが無くても仕事にしている人がいるし、旅の薬士はありがたがられる。医者も居なきゃ旅のヒーラーも通りすがらない、そんな村なんかでは特にそうらしいぞ」


 聞きかじりの知識ではあるが、そう言うとステラは一度頷いた後に正面へと向き直った。

 

 そしてその日の暮れに辿り着いた小さな町で、約束通り本を買った。古い本屋だったが、予想以上に良い物が見付かった。

 両腕で抱えるほど分厚く重い、薬草学の本だ。

 様々な薬草や、薬になるモンスター素材がひたすらに細かく記してある。

 勉強があまり得意ではない俺からすると、最初のページだけで目が回りそうになる情報量だ。


 だが、ステラは気に入ったらしい。

 その日は町の外れで野宿をしたが、ステラは眠る寸前まで、小さな照明器具の明かりを頼りにずっと薬草学の本を読み耽っていた。

 

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