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第10話『炎の街』


「あっつ……! 暑すぎる!」


 思わずそう叫ぶ。ここは炎の街と呼ばれる、活火山の表面に作られた街だ。

 街の端には溶岩の流れる川が流れている。

 

 そんな土地を最大限に利用して、鍛冶で栄えている街だ。息をするのもつらいほどの暑さだが、活気に満ちている。

 どれだけ過酷な土地だろうとも、出来上がる装備品は一級品。絶え間なく商人達が行き交い、鍛冶職人達の声が飛び交う。

 この火山はいつ噴火するか分からない危険な場所だが、そのリスクよりもリターンを取った、そういう男達の街だ。


「ステラ、大丈夫か?」


「はい……」


 真っ赤な顔をして、ステラはそう答えた。

 さすがに無理がある。今にものぼせて倒れそうだ。


「なんとか、涼めればいいんだけど……」


 そう呟く俺に、一人の商人が声を掛ける。


「おい、この街は初めてか? クールティーを飲まなきゃ死んじまうぞ!」


「クールティー?」


「ああ。この暑さを和らげてくれるアイテムだ。この街でなら大体どの店でも売っている。倒れる前にさっさと飲むんだな」


 そう言って立ち去った商人を見送るなり、俺は助言の通りにそのクールティーとやらを買って飲んだ。

 ガラス瓶に入った薄青色の液体で、少し苦みの強い紅茶のような味がした。

 一口飲んだ瞬間から、体を焼くようだった熱がすーっと冷めていく感じがした。ステラにも同じものを与え、街の入口に預けている馬にも飲ませる。

 一応確認したが、動物にも無害な成分らしい。


「ケルベロスは?」


『要らぬ』


「暑くないの?」


『人間が生存出来るような温度であれば訳も無い』


 さすが伝説のモンスター。

 強がりでは無いようだった。呼吸も、何事もないように落ち着いている。


「で、ここに……フェニックスが居るんだっけ?」


『いかにも』


 一応声を落としてケルベロスに囁く。

 伝説のモンスターを探しに来ましたなんて話を聞かれたら『夢を見すぎてしまった冒険者』として笑い者になるし、本当に存在すると知れたらそれはそれで大問題だ。

 ケルベロスはポケットの中から鼻先を出し、より高い場所を見上げる。


『気配がする。この先に居る』


「この先って……まさか、火口!?」


『そうなるな』

 

 他人事のような言葉に、ぽかんと口を開ける。

 だが、ここまで来た目的はフェニックスだ。ここまで来て引き返すわけにも行かない。

 試しに、住人に話を聞いてみる。


「お前も冒険者か? 火口付近のダンジョンを目指す物好きがたまに来るんだよ。中級ダンジョンだから、報酬が見合わないっていうんで、そう多くはないんだが……」


 そう言って火口に向かう道を教えてくれた。

 溶岩の川に沿って進む道中は街とは比にならないほど暑かった。いや、もはや熱いと言って良い。

 クールティーが無かったら間違いなく死んでいただろう。それが無くとも、流れる溶岩の上に掛かる橋で足を滑らせれば、それだけで死ぬ。

 しっかりとステラの手を握って、足場の悪い細道をひたすら上り続け、進んだ先。

 ぽつんと佇むダンジョンのゲートを見付けた。


「ダンジョンの中にいるのかな?」


『いや……だが、この付近だ』


 そう言ってケルベロスはまるで犬のようにすんすんと匂いを辿ろうとする。

 周囲に誰も居ないことを確認して、俺はそっとステラの手を離した。

 すると、ダンジョンの側の岩壁に一瞬謎の魔法陣が浮かび上がり、その先に続く道が姿を現した。


(『解錠』スキルが……本当に封印を解いた……!)


 自分の目で見ると一際ぞっとする光景だ。

 魔法陣によって封じられていたところを見るに、明らかに施錠ではなく、封印の類だ。


「俺のスキルって、本当に『解錠』なのかな。でも、神官様が間違えるはずは無いし……」


 一人でそう呟きながら、ステラを連れ立って現れた道を進む。

 少し進んで振り返ると、また浮かび上がった魔法陣が道を閉ざすのが見えた。


(入口の封印が『解錠』の範囲を外れた。……効果はざっと半径五メートルってとこか)


 ケルベロスを見付けた場所もそうだったが、ここにも不思議な鉱石があった。植物のように壁から生え、仄かに発光して足元を照らす。


「ねえ、この鉱石って何なんだろう。明るくて便利だけど」


『封印石だ』


「封印石?」


『大量に魔力を溜め込む性質を持つ。我らのような、膨大な魔力を持つ存在を封印する時に使う。でなければ、到底抑え切れぬからな』


 自分が封印されていたというのに、他人事のような解説だった。

 やがて細い道は大きな広間へと繋がった。

 ケルベロスの時もそうだが、この空間は壁も床も封印石が埋め尽くしている。その言葉を信じるのなら、伝説のモンスターを封印するにはこれだけ大量の封印石が必要ということになる。


 そしてその最深部にある、一際大きな封印石の塊。

 内部では炎が揺れるように、僅かに赤色が揺らぐのが見える。


『ケルベロスか。懐かしい気配じゃ』


 凛とした、静かな声が響いた。


『人間よ』


「はっ……はい!」


『近う寄れ』


 ごくりと喉を鳴らす。

 俺が近付けば、きっとこの封印は破れる。


(いいのかな、本当にそんなことをして……理由があって、封印されていたのでは)


 ここに来るまでにも、何度も自問自答したが答えは出なかった。

 一歩、ゆっくりと足を前に出す。少し距離を縮めると、封印石の塊は小さくひび割れるような音で軋んだ。


(でも、ケルベロスを信じたいと思った)


 頼りになるこの子猫が居なくては、俺はもうきっとどこかで野垂れ死んでいた。

 どうせ、どこに行っても人とのまともな生活は望めない身だ。それならば、人でない存在と共にいるしかない。

 半ば開き直るような気分で、封印石に手が届きそうな位置に立つ。


 ガラガラと大きな音を立てて、その塊は崩れた。

 そこから立ち上ったのは赤い炎――いや、炎に包まれた、巨大な翼だった。

 優雅に翼を広げる伝説の鳥は、噂に聞いたように全身に炎を纏っていた。リボンのように揺れる数本の尾さえも、神聖な輝きを宿している。


「不死鳥・フェニックス……本物だ……!」


 思わず呟く。

 炎の中で一際紅く輝く瞳は俺の姿を捉え、そしてポケットから顔を出す子猫を見付けた。


『ほほほ! 何じゃ、ケルベロス。その愛らしい姿は』


『お前もじきに分かる』


 フェニックスが体を伸ばすように翼を羽ばたかせると、辺りには大量の火の粉が飛び散った。

 慌てて振り払ったが、触れても熱くは無い。


『妾の炎は、慈愛の炎。我が炎は人の傷を癒し、涙は病を治す。尾は死者を蘇生する。そう、語られるが……』


 詩を歌うように、ゆっくりとフェニックスは語る。


『実際は、そんなことはない』


「ないの!?」


 思わず食い付く。

 伝説の中のフェニックスは、いつだってそういう存在だったから、そういうものだと思っていたのだ。


『死者の蘇生など、不可能に決まっておろう。それは天の定めに逆らう行いじゃ。妾が叶えられるような願いではない』


「ま、まあ……言われてみれば……?」


『だが、傷を癒す事は出来る。この慈愛の炎が包めば、傷はたちまち癒えるであろう』


 また火の粉を散らせながら翼を閉じて、フェニックスは言った。


『さあ、往こうぞ。我が主よ』


 

◇◇◇


 

「チュン」


「やっぱこうなるんだ……」


 ステラの肩にとまった赤い羽の小さい鳥に、思わず溜息を吐く。

 それはもちろん、伝説モンスター・フェニックスだ。

 封印された扉の外に出た瞬間、こんな姿になってしまった。丸々していて、真っ赤なスズメのようだ。名残なのか、尾だけちょっと長い。


「かわいい……」


『そう、妾はどんな姿であろうと愛らしいのじゃ』


 本人は満更でもない様子だ。ひとしきりケルベロスに笑われていたが、気分を害している様子は無かった。

 ステラも頬を撫でる赤い羽を気に入ったようだ。


「まあ、目立つよりは良いけどさ」


 そう納得するしかない。

 そうして俺は新たに小鳥一匹を連れて、街へと戻っていった。


 

お読みいただきありがとうございます。

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