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第11話『清浄の地』


『なんと、不憫なことよの』


 フェニックスは俺の話を聞き終えて、そうとだけ言った。

 

「ってわけで、目的地は無いんだけど」


 街に戻り、また馬に乗って今度は山を下っていく。

 クールティーの効果が切れる前に山を降りなければ、また暑さに唸ることになる。

 だが、行く先は定まっていない。そうフェニックスに言うと、赤い翼は事もなく言った。


『人の世に居場所が無いのならば、作れば良いではないか』


「え?」


 思わず問い返す。


『人の立ち入れない土地が、この世には数多ある。例えば北の凍える山――あそこに居を構えたとしても、妾が居る。永遠に消えぬ炎に守られ、凍えずに暮らせることじゃろう』


「北の……山……」


 考えた事も無かった。

 この世界の北の最果ては、非常に標高の高い山脈だ。年中酷く吹雪いているせいで、人はその先には行けない。山の向こうに何があるのかを知る者はいない。

 だが、フェニックスの炎に守られているのなら、そこで生きていくことが出来る。この『解錠』のスキルだって、誰にも迷惑は掛けない。そういう話だ。


「………………」


 隠れて暮らさなくても済む。それは非常に魅力的な誘いだったが、唐突なことで返答が決まらない。

 その沈黙を気に留めず、ケルベロスは言った。


『北の山の近くには、我らが同胞フェンリルが居る』


「えっ……え!? まだ居るの!?」


『居る』


『ほほ、フェンリルか。これも懐かしい名じゃ』


 天気の話でもするようなノリで、新しい伝説モンスターの名前が飛び出た。

 俺はまた馬から転がり落ちそうになる。ステラは恐らく話の意味を分かっていない。涼しい顔をしている。


(この南の地から、北か……だいぶ距離があるけど)

 

 フェニックスが言ったように、どうせ居場所の無い身だ。北の山とまでは行かなくても、どこかに拠点を作るのはアリだ。

 だが、気掛かりが一つだけある。その旅に付き合う理由は何もない、このステラだ。


「なあ、フェニックス。ステラのこの洗脳……解けないか?」


『無理じゃ』


 即答だった。


『自我を失う程の洗脳とは、可哀想な事をする。だが、妾の力では治せぬ。洗脳とは、体ではなく心の傷にも等しいもの。――妾がこうして、寄り添っていよう。この炎で温め続けよう。さすれば、いずれ我を取り戻す日が来るだろう』


「……そっか」


 それはもうしばらく、この旅にステラを連れ回すということだ。


「ごめんな、ステラ」


「私はご主人様と一緒であれば構いません」


 決められた台詞をなぞるような、迷いの無い返事だった。


 

 ◇◇◇


 

 戦闘面という意味でも、フェニックスの加入は相当な強化だった。

 俺が念じれば、フェニックスは人がめいっぱいに手を広げたくらいの大きさになれた。

 ケルベロスが三つの頭で敵を砕き、フェニックスが上空から滑空し、鋭い爪で敵を抉る。そこから発火する炎は敵を焼き尽くした。


(こんなとこ誰かに見られたら、大騒ぎになるけどね!)


 本来の姿と比べれば小型とはいえ、ケルベロスにフェニックスだ。誤魔化しは利かない。

 伝説のモンスターとは思われずとも、新種のレアモンスター程度の扱いにはなるだろう。

 そうすれば冒険者ギルドにも追い回され、自由に動けなくなる。


「気を付けないとな……」


『主は心配性な面があるのう。そうなったら焼き尽くせば良いではないか』


「そうならないように、気を付けているんですけどね……」


 ケルベロスもそうだが、彼らは好戦的なところがある。わざわざ人を襲うような事はしないが、襲われたら応戦するのに躊躇はしない、そんな感じだ。

 そうなれば次は冒険者が狩りに来る。誰も望んでいない展開だ。



 

 一先ず火山を離れ、暑い地帯は抜けた。今は川辺で馬に水を飲ませつつ、休息を取っている。

 ふと、フェニックスが呟いた。


『この辺りは面白い匂いがするのう』


 試しに俺もくんくんと匂ってはみるものの、特にこれといって匂いはしない。強いて言うなら濃い土の匂いがする。

 だが、ケルベロスには分かるようだった。


『そうだな。これは……我らに近い存在だ』


「え? また伝説のモンスターってこと!?」


『だが、同胞のものではない。それに、封印されてもおらぬようだ』


「そ、そういう野生の伝説モンスターも居るの!?」


 さすがに頭が混乱してくる。こんなに身近に伝説級のモンスターが何匹もいるものなのだろうか。

 俺達人間が気付いていないだけで。


『こちらじゃ』


 フェニックスは小さな羽を羽ばたかせ先導を始める。

 俺は馬を引き、ステラを連れて慌てて追い掛けた。


 フェニックスが誘導する先は、足をどこに置けばいいのかも分からないような山の中だった。

 あちこちに木の根が生え、更に落ち葉で覆われているせいでよく足が根に引っかかるし滑る。

 その先でフェニックスは先導を止めた。


『この辺りじゃの』


 その言葉が早いか、突然鬱蒼とした森の風景が歪んだ。

 隠されていた封印が解ける時のように、暗い森の中にぽっかりと口を開けた空間の切れ目とも呼ぶべき入口が現れた。

 その先には全く異なる風景が見える。


(もう当たり前のようにこういう場所が開くな……)

 

 内心で呟きながら眺めた『向こう側』は陽に照らされて明るく輝く、静かな泉のほとりだった。

 そっと足を踏み入れる。まるで絵画の中のように、ただひたすらに穏やかな世界だった。


『不浄の世から、人が訪れるとは』


 聞き覚えの無い声に、慌てて周囲を見回す。

 静かな水面の上を歩いてきた影は純白の毛並みを持ち、一角を額に宿した馬。


「ユ、ユニコーン……!」


 例に漏れず、伝説の存在だ。


「……やばいな」


『どうした、主』


 フェニックスが問う。


「ユニコーンは純潔の乙女以外を見ると怒って暴れ出すと言われている。俺は今、知らずにユニコーンの領域に踏み込んでしまった……!」


 純潔の乙女以外が近付くとあの鋭い一本角で腹を貫くと言われている。怖すぎる。

 だが、フェニックスは笑った。


『ほほ、純潔であれば男であろうと問題は無い』


「え?」


『人の世ではそう伝えられておるのかも知れぬがな』


 そっと横目でユニコーンを伺う。

 確かに、警戒はしていそうだが、怒ってはいなさそうに見える。


『ほら、行かぬか”純潔”』


「……どうせですよ」


 ケルベロスに促され、一歩一歩近付く。そこにステラと、ステラが手綱を引いていた馬も着いてくる。

 当然、ポケットに入ったケルベロスと、肩に乗るフェニックスもだ。


『不浄の世の者が、何の用だ』


 ユニコーンは、あまり機嫌はよろしくないようだった。

 静かに、けれどその声は低く紡がれる。


「あの、俺達、世界を旅していて……」


 そこで言葉は止まる。続ける言葉が見付からない。


(だって、別に会いに来ようと思ってたわけじゃないし……!)


『共に行く事は出来ぬ』


 先回りするような返答だった。


『此処は清浄なる地。其処に住まう者が、不浄の世に足を踏み入れるなど、そのような悍ましい真似は出来ぬ』


(人間の世界は汚い、と)


 何となく、思った通りのキャラクターだった。

 ふと、ユニコーンの真っ白な瞳がステラへと向けられる。白毛の馬に、白い髪の乙女。

 これもまた、一枚の絵画のようだった。


『だが、此処へ訪れた乙女に、加護を授けよう』


 そう言ってユニコーンの視線は、ステラの連れている馬へ向く。

 突然、星が煌めくような輝きが、その馬を包んだ。

 

 その光が晴れた先には、栗毛を真っ白に染めた馬が立っていた。

 角の有無さえ除けば、その姿はユニコーンと瓜二つだ。


『ユニコーンの加護か』


 ケルベロスが呟く。

 聞いた事があった。ユニコーンに加護を与えられた馬は、疲れる事無く疾く地を駆け、川を渡り、崖をも上ると。


『不浄を駆ける蹄、バイコーン』


 そう、ユニコーンは名付けた。

 そして、もう用は無いとでも言うように俺達に背を向け、そして消えた。

 だが最後までその瞳がステラを見つめていた事に、俺だけは気付いていた。


(やっぱり純潔の乙女のこと大好きなんじゃん……ムッツリだな……)


 

お読みいただきありがとうございます。

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