第7話『数多き伝説』
「目的地が無いってのはつらいものだよな」
俺は馬に跨りながら言った。
ちょうどこれから街に入ろうとしていた、動物売りの商人から買い取ったものだ。
これなら前にステラを乗せておけば自然と体は触れる。手を繋いでおかなくとも、すれ違う商人や旅人に迷惑を掛けてしまう心配はない。
(彼女も、本当はベタベタくっつかれるのなんて本意じゃないだろうが……)
申し訳ないが今は我慢してもらうしかない。
後からケルベロスの毛を掻き集めたものをまとめて金に替えて、謝罪を兼ねて差し出したっていい。
そんなことを考えていると、上着のポケットの中から鼻先を出したケルベロスと視線が合った。
『ならば、我の同胞にでも会いに行くか』
「え?」
突然の提案に、思わず聞き返す。
『他の地には、同じように封じられた魔獣が居る』
「ま、待って……封印されているのはケルベロスだけじゃないってこと!?」
『いかにも』
突飛な情報に馬上から転がり落ちそうになる。
(ケルベロス級の伝説モンスターが他にも?しかも封印されているって?)
まるで物語の中の話だ。あまりに、現実味が無い。
「っていうか、なんでどいつもこいつも封印されてんの?」
『理由がある』
(今は語れない……って感じか)
食い下がっても答えてくれそうにはなかった。
とりあえず馬を早足で歩かせる。自分の足で歩くより、よほど速い。
幸い、馬の扱いには覚えがあった。小さい頃は一時期街外れの牧場の手伝いをしていて、馬にも乗っていたのだ。
全速力で駆けさせるような真似はしたことがないが、乗るだけなら問題はない。
ステラも上手くバランスを取って乗っているようだ。
褒めるように馬の首を撫でる。
「お前の名前も決めてやらないとな」
『…………』
(どうせ変な名前を付けるんだろって思われているんだろうか……)
◇◇◇
「で、どっちに行けば良いんだっけ?」
街道に沿って少し進むと、分かれ道に突き当たった。側にはそれぞれの道を示した標識が立てられている。
どうせ行く宛てが無いのならと、ケルベロスの言う『同胞』の眠る地を目指しているところだ。
『ここから南だ。炎の燃え盛る地、そこに同胞フェニックスが眠っている』
「フェニックスだって……!? 不死鳥と呼ばれる、あの……?」
『そうだ』
また童話に出てくるような存在の名前が飛び出た。
不死鳥フェニックス。
消えない炎を纏い、死と再生を繰り返しながら永遠の時を生きると言われている、伝説のモンスターだ。
当然、その姿を見た者はいないと言われている。
「ただの作り話だと思っていた存在が、まさか封印されていたなんて。そもそも伝説のモンスターを封印出来る人間なんて、存在するものなのか……?」
混乱する思考を整理するための、ただの独り言だ。ケルベロスから返事はない。
南へと続く道へ馬を歩かせていく。
ふと視線を下ろせば馬が歩く度、髪を揺らすステラの姿があった。
「ステラ、辛くはないか?しんどかったらすぐ言うんだぞ」
「はい、ご主人様」
ステラは振り向くように俺へと視線を向けて答えた。
「……あのさ。その、ご主人様っていうのは」
曖昧に、言葉を探すように眉根を寄せる。
洗脳のせいというのは分かっているが、そう呼ばれるのはあまり良い心地ではない。
人前で呼ばれようものなら変に注目を浴びてしまう。
大昔には、地位のある人達が奴隷を連れているのは当然……という時代もあったようだが、今は違う。奴隷を連れているということ自体、違法な人身売買に手を出したも同然だ。
あるいは『そういう性癖』であり、いたいけで無垢な少女にこんな物言いを教え込んでいる変態と思われて終わりだ。
どちらにせよ救いはない。
「ちょっと、マズいというか。普通にロイドって呼べない?」
「出来ません。貴方は私のご主人様です」
「そこをなんとか」
「出来ません」
やけに頑なだ。
よく分からないが、単に主人の命令に忠実というだけではない何かがある。
そこにケルベロスが口を挟む。
『やめておけ。洗脳の過程で刻まれた命令を捻じ曲げようとして、狂った人間は数多くいる』
「……え?」
『洗脳というのは命令を脳に刻み込むことだ。一度刻まれてしまえば、易々と変えられるものではない。傷が癒えるように、ただ待つ他ない』
ぞっとする話だった。
レアスキルに分類される『洗脳』というスキルを持つ者が稀に現れるというが、その危険性ゆえに、例外無く国の監視の下に置かれるようになっていたはずだ。それに、普通は軽微な効果であるといわれる。人格を無くしてしまうほど強力な洗脳など、聞いたことがない。
ステラの件に、洗脳スキル持ちを管理している国が関与しているとは思えない。
法の外に、規格外の洗脳スキルを持つ何者かがいる。
その可能性を示唆していた。
「なんか突然、ヤバいことに足突っ込んじゃった気がしてきた……」
『どういう意味だ』
「だってその洗脳した奴とかが、ステラを連れ戻しに来ないとも限らないだろ。あの奴隷商人が今頃チクってたりしたら……」
背筋が冷える。
俺達は戦闘能力の無い一行だ。鍵開けしか出来ない俺に、スキルを封じる能力を持った少女。子猫一匹。
もし追われたら逃げ切れない。
「しかも金になっちゃう伝説のモンスターも連れてさ。ケルベロスなんか捕まっちゃったら一生毛を毟られるぞ」
『それは困る』
言葉だけの、心の籠っていない返事だった。まるで『そうはならない』と言っているようで。
せめて俺を守ってくれた時のように、大きくなれたら。そう溜息を吐きかけて、ふと目を瞬かせる。
「そういえばあの時、どうしてケルベロスは大きくなれたんだろう」
『お前がそうせよと命じたからだ』
「命じた覚えなんか無いんだけどなぁ。……あの時はステラが突然殴られたから、俺は」
怒った?そう、怒りの感情が膨れ上がった気がした。
許せないと、そう思ったんだ。
「……ただ大きくなれって思うだけじゃ、ダメかもしれないな」
ヒントを得た気がした。
だが他人事のような言い方になるが、俺はあまり感情を荒げるのが得意ではない。
ずっと家に引きこもって、人目を避けてきたからだろう。謝罪して済むならそっちの方がいい。
そう考えてしまうタイプだ。
「ケルベロスがこんなに小さいのも俺のせいだって言っていたよな」
『そうだ。だが……』
上着のポケットから出た、三つの鼻がすんすんと鳴る。
『考える時間は、与えてくれぬようだ』
顔を上げると、一匹のモンスターが向かってきていた。
大きさは大型犬くらいだろうか。サソリに似た形をして、二本のハサミと毒尾を振って威嚇の姿勢を取っている。
馬を急がせれば戦闘は回避出来るかもしれない。だが……。
「……ああ、やってみよう」
正直言えば、怖い。戦闘なんて冒険者や傭兵の仕事だ。戦闘能力を持たない一般人は、それを避けるのが当然だ。
汗ばむ手のひらを握り締める。けれど、やらなくてはならない。確かめるために。
俺はステラを馬上に残し、馬を降りた。
お読みいただきありがとうございます。
評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!




