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第6話『冒険者ギルドへ』


 街を歩く俺の背中は汗でぐっしょりだった。

 いつまた『犯罪者』と罵る声が響くか分からない。油断すれば指先が震えてしまいそうだった。


(だけど……)


 手を繋ぐ少女を見下ろす。

 その瞳はぼんやりと正面へ向けられていた。

 痩せこけた頬にボロボロの服。明らかに只事ではない。

 が、その少女のおかげで、今は誰にも騒がれず街を歩けているのだ。


(こんなことがあるのか、まさか……こんなことが……!)


 一体いつぶりだろう。

 スキル解放の儀を行ったあの日からか。泥棒と罵られずに街を歩くのは。

 今すぐ駆け出してしまいたい衝動をなんとか抑え込んで、真っ先に向かったのは冒険者ギルドだった。


 そこは名前の通り、冒険者に重宝される場所だ。

 冒険者として名前を登録するのもこの場所。冒険者がクエストを受けるのも、その報告を行うのもここだ。

 世界各地のありとあらゆる街に冒険者ギルドはある。


 そしてその役割の中でも大切なのが『報酬鑑定』だ。

 冒険者が旅の中で集めた様々なモンスター素材は、まずここに持ち込まれる。

 そして金と引き換えられる。その後、必要に応じてその素材が世界のマーケットに並ぶというわけだ。

 もちろん直接店に卸すことも出来るが、足元を見られたり詐欺に遭うリスクを考えると、冒険者ギルドに持ち込むのが安全安心で、かつ手っ取り早い。


(ま、先立つモノは必要ってことで……)


 俺がポケットから取り出したのは、黒い毛の塊。

 朝、ケルベロスの毛を櫛で梳いてやった時に出たもの。まあ、つまり、ただの抜け毛だ。

 初めはゴミでも受け取ったかのような表情でそれを受け取った鑑定師は、やがてすっ転ぶような勢いで俺の元に駆け付けた。


「とてつもない魔力を秘めた、未知のモンスターの体毛です!例え伝説のモンスター、ケルベロスのものと言われても信じてしまう程の……!一体、これをどこで!?」


「さ、さあ……分かりません。街道沿いに落ちていたのを拾っただけです。少しでもお金になればと思って……はは」


 我ながら苦しい言い訳だ。無理がある。

 ポケットから顔を出したがるその毛の持ち主を手のひらで押し留める。

 

 ギルドはすぐに緊急のクエストを張り出した。街道沿いに生息するとされる、未知のモンスターの情報収集の依頼だ。その依頼に飛び付く冒険者たちを横目に、抜け毛の報酬として金を受け取る。

 目の前に積まれる、何枚もの金貨。モンスター素材としては破格だ。

 

 何度もそれを拾った場所を聞かれ、曖昧に答える。

 そんなやり取りを終えて、ようやく冒険者ギルドから解放された。


 

「ステラの服を買って、食い物を買ったら街を出よう。服を着替える時に手を離す必要があるから、店で着替えるわけにも行かないしな。……その前に、ちょっと寄り道してもいいか?」


 ステラは当然断らない。ケルベロスはポケットの中で眠っているかもしれない。反応が無かった。

 向かう先は『手紙屋』だ。

 

 一ヶ所に留まらずに旅を続ける冒険者や旅人が誰かに手紙を書き、手紙屋がそれを届ける。それだけの場所だ。

 俺がそこで綴ったのは当然両親に向けての手紙。そこに何枚かの金貨を添えて、手紙屋に託した。


「きっと心配しているだろうから。……大丈夫、俺はなんとか生きているよって、伝えたかったんだ」


 伺うような視線を向けるステラに呟く。分かっているような、分かっていないような。そんな視線が静かに返っていた。

 

 

 その後は服屋……冒険者が多くいる街では装備屋と呼ばれる店に直行した。


「旅人用の装備を一式。大きめの鞄も。それからこの子に合う服を」


 そう頼めば、俺の分の装備はすぐに用意された。

 ステラは店員にいくつかの服を押し当てられ、サイズを確認されている。

 手を離すことが出来れば、試着も出来てもっと早く話は進むのだろうが『街では手を離さないでくれ』といった俺の指示を、ステラは懸命に守ろうとしている。

 

 痩せた少女にこんなボロを着せているのだ。一体どういうつもりなんだと言わんばかりの厳しい視線が向けられるが、今は耐えるしかない。

 やがて全ての商品が揃い、金と引き換えにそれらを受け取ると新品の鞄に全てを詰め込んで店を出た。

 

 

 日持ちのする食料を買い込み、今は街の外にいる。この距離ならばステラと手を離しても、スキルで誰かに迷惑を掛けてしまうことはない。

 木陰に隠れれば街道を行く人々からの視線も遮れるような場所だ。


「思ったより長く掛かっちゃったな。疲れてないか?」


「はい、大丈夫です」


 短い返事を貰いながら、ステラに服を手渡す。それから背を向けて自分も着替え始める。

 長距離を旅するために作られた服は、やはり着心地が良い。

 ブーツもしっかり足に合うサイズだし、長い距離を歩いても疲れない作りになっている。

 一方、背後ではまだ布擦れの音が聞こえる。


「ステラ、着替えは終わった?」


「いえ……もう少し」


「振り向いていいなら手伝おうか?」


「……はい、お願いいたします」


 振り返るとステラは古いボロを脱ぎ去り新たな服に袖を通していた。

 が、ワンピースが背中側にボタンが着いている作りのせいで、上手く留められなかったようだ。

 背中を向けてもらい、順にボタンを留めていけば着替えは完了だ。


 首元から足元までをしっかり隠す丈の長いワンピース。足元は俺のものと同じように歩きやすいブーツ。ボサボサだった髪の毛はさっき装備屋の店員が見かねて梳いていた。

 ふと思い出して俺はステラに櫛を差し出す。さっきの店で買ったばかりのものだ。


「うん、完璧だな。――そうだ、ステラ。今後はこれで毎日髪を梳かすんだ」


「……髪を?」


 櫛を受け取りながらステラは復唱する。


「そう、女の子だからな。それにほら、ケルベロスも毛は梳かす。さっき金になっているのを見ただろう」


「私の髪もお金になりますか?」


「あー……いや、どうかな。女の子の髪を売るほど困ってはいないよ」


 正当性を適当に作り上げるつもりが変に気を使わせてしまったようだ。

 その横でケルベロスがフンと小さな鼻を鳴らす。


『我の毛の希少さも知らぬ者共に売りつけるとは』


「だって抜けちゃったんだから仕方ないだろ。伝説のモンスター素材をその辺に捨てるわけにもいかないし。……これから出た抜け毛、どうしようかな。あまりあちこちで売って回ったら、さすがに何か疑われそうだし……」


 言いながらその場に腰を下ろし、先程街で買ったばかりの紙袋を開ける。

 中には何種類かのサンドイッチが向きを揃えて入れられていた。中身を確認してからステラに向けて問い掛ける。


「好き嫌いはある?」


「ありません」


「一応聞くけど、ケルベロスは?」


『無い』


「ネギとかもいけるの?猫にネギは毒だよ?」


『我は魔獣だ。ネギ如きでどうこうなるものか』


「そういうものか……」


 ならばと手当たり次第にサンドイッチを引っ掴み渡していく。

 ステラにはベーコンと野菜が入ったものを。ケルベロスには鶏肉が挟まったものを。

 俺はタマゴサンドだ。母がよく作ってくれた。俺の好物の一つだった。


 俺がそれを何口かかじる間、ステラはずっと固まっていた。


『食えという指示が無いと従わないのではないか』


「えっ、そういうもの!?」


 パンのカスを口周りに付けながら、ケルベロスの頭の一つが言う。そしてまた他の頭に負けないようにとサンドイッチにかじりついていた。


「ステラ、食っていいんだぞ?」


「分かりました」


(あ、食べた……)


 洗脳というより思考停止に近い。

 あるいは、許可が無いと食事一つ取れない、これが奴隷の姿だとでも言うのか。

 一切不明な彼女の生い立ちに同情してしまうが、俺が何を言っても今のステラの心には届かない気がした。


「美味いか?」


「はい」


「本当かなぁ……」


 例え苦手なものでも、文句を言わず食べてしまいそうな気配がある。

 いつか彼女の好物を見せれば反応も変わるだろうか。それは追々に探っていけば良い。

 

 ふと、空を見上げる。

 時刻は既に昼過ぎだ。太陽は一番高い位置に登っていた。

 

お読みいただきありがとうございます。

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