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番外編1-③.脳ある悪魔は、優しく微笑む


「そこで君に頼みたい。

 犯人を見つけて、こっそり俺に教えて欲しい」


「……な」


 盗難事件。


 犯人探し。


 嫌に決まっている。


 仮に盗難が事実だとしても、

 俺が関わる理由も、得られるメリットも一つもない。


「……お断りします」


「君なら出来る。

 去年の文化祭で証明済みだろう?」


「それは全く別の話です。

 誰かを助けるのと、誰かを告発するのは違う」


 来栖先輩は一瞬だけ目を細めた。

 その視線は、先ほどまでの柔らかさを失っている。


「君は優しすぎるな、清継君。

 だがね、盗まれた側はもっと困っている」


 ――その言葉に、胸の奥が微かに軋んだ。


 今朝、恋花が言っていた。


 部活で使う物が見当たらない、と。

 圭吾も、スパイクを失くしたと言っていた。


 偶然だ。


「すみませんが来栖先輩。

 仰ることの意味が、どうにも理解できません。

 俺は探偵じゃない」


 肩をすくめる。


「それに――どうして俺なんです? 

 役に立ちそうな人間なら、他にいくらでもいるでしょう」


 来栖先輩は否定も肯定もせず、

 ひと呼吸おいてから言った。


「理由なら明確だよ。

 一つは人望の厚さだ」


 去年の文化祭、という言葉が続く前から、

 その話題に向かうのだろうと察しはついた。


「あの時、君がどれだけ周囲から信頼されているかを見た。

 普段からの行いと、人当たりの良さの賜物だろうね。

 これは――情報を集める上で、何よりの武器になる」


 彼は一瞬だけ視線を外し、声を潜める。


「俺が盗難事件を調べていると公にすれば、犯人は警戒する。

 だが君なら、自然に話を聞き出せる」


「そうでしょうか。

 それなら、先輩だって同じだと思いますが」


 将来有望で、家柄もあり、加えてこの容姿だ。


 現に、廊下を行き交う生徒の中には、

 彼に一瞬だけ視線を投げる者もいる。


 来栖先輩の一声で、

 進んで協力する人間はいくらでもいるだろう。


 しかし彼は、ゆっくりと首を振った。


「俺の人気なんて、所詮は上辺だけさ。

 ほら……家が太いだろう?」


 自嘲するような笑み。


「結局、特別なのは家系だけだ。

 君みたいに、信頼の積み重ねで成り立っているわけじゃない」


「そんなこと――」


 言いかけて、口を閉じた。


 俺の家は裕福ではない。

 上流の人間が住まう世界など、想像の域を出ない。


 この人には、この人にしか分からない重さがあるのだろう。

 軽々しく否定する資格は、俺にはない。


 そんな逡巡を見抜いたのか、

 来栖先輩はふっと表情を和らげた。


「君は、空気を読むのも上手いらしい。

 その察する力と、頭の回転の速さも含めて――協力してほしい」


 そして、少しだけ声を落とす。


「実を言うとね。

 俺自身も、盗難被害に遭っているんだ」


「……本当ですか」


「ああ。これは口外してほしくないが――

 君なら大丈夫だろう」


 来栖先輩は一度、周囲を確認してから続けた。


「盗まれたのは、鍵の入ったホルダーだ。

 ただ問題なのは、その中身でね。

 父の書斎の鍵まで、一緒に付いてしまっていた」


 父。


 来栖製薬の社長。


 その書斎に何があるのかは知らない。


 だが、それを失くしたと知れた時に何が起こるか――想像は容易だった。


「このまま見つからなければ、どうなると思う?」


 全ての鍵は交換される。


 そして、後継者が犯した失態として、決して軽くは扱われない。

 将来にまで、影を落とす可能性だってある。


 ――なるほど。


 俺に向けられた“察する力への期待”とは、

 この事実を伏せたまま、静かに事を進めてほしいという意味なのだ。


 人助けも、ほどほどにしておくべきだな。


 そうでなければ、

 こうしてまた、厄介な場所へ足を踏み入れる羽目になる。


「来栖先輩。

 もし俺が、この件に協力したくないと言ったら、どうなりますか」


 来栖先輩は一瞬微笑み、ゆったりと答える。


「もう一度言おう。

 俺の家は太いから、ここにいる教師の何人かとも個人的な交流がある」


 一拍。


「君が去年から付き合っている彼女――向崎恋花さんだっけ。

 陸上部だろう? 顧問の斎藤とは、父が高校時代の同級生だ。

 後は君の察する力と頭の回転で、わかるかな」


「……」


 ――え、俺こんな典型的なボンボンの脅しみたいなこと、リアルで受けてるの?


 権力者が失態を犯したOLのスカートを手でまさぐりながら、

 『謝罪はどうすればいいか、分かるよね?』みたいな。


 同人誌の中だけでやれ。


 ……とはいえ、口に出せるはずもない。


 事実、目の前の人物は権力者の息子で、失態を犯している状況。


 どんな手を講じてくるか、

 庶民の俺に計れるものではない。


 しかも、恋花に実害が及ぶ可能性だってある。


 陸上部のレギュラーから外されるかもしれないし、

 放課後、誰もいない職員室に呼び出され――うわああああああ!!


 一旦、冷静になれ。


 妄想の『触淫室』とかいうベタなタイトルのエロ同人誌は、

 心のベッドの下に仕舞っておけ。


「来栖先輩……協力したい気持ちは山々ですが、

 少し考えさせていただけませんか?」


「もちろんだ。

 強制はしない」


 ——してるだろ。


 この手の分かりやすい悪役は台詞がチープで困る。

 高給取りともなると、三文芝居でも生活が出来て羨ましい。


 とはいえ。


 彼も鍵を盗まれた被害者であることに変わりはない、か。


 やり方はどうあれ、

 助けてやりたい気持ちが全くないわけでもない。


 さて、どうしたものか――。


 俺は虚空を見上げながら、大切なことを思い出す。


「来栖先輩、一つ訂正させてください」


「何だい?」


「恋花は付き合っている彼女ではありません。

 今年別れた『元』彼女です」

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