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番外編1-②.脳ある悪魔は、優しく微笑む


 昼休みとなれば、 

 まずしなければならないことがある。


 恋花を昼食に誘って、

 あえなく振られるというルーティンだ。


 ……あれ、おかしいな。


 悲惨な結果まで、

 既に日課のように染みついてしまっているではないか。


 もしこの日々を動画投稿サイトで、

 『現役男子高校生・清継きよつぐのランチルーティン!!』とブイログ風に紹介したなら。


 コメント欄は、

 筆舌に尽くしがたい罵詈雑言で埋め尽くされるだろう。


 それでも俺は、

 いつか報われる日が来ると信じ、満足気に呟く。


「よし、食堂に行くか」


 学食が設備として備わっていることは、実にありがたい。


 最近では、

 コンビニで弁当一つ買うのも躊躇してしまうほどの物価高のご時世だ。


 陽の落ちる頃、スーパーに足を運べば。


 値引きされた惣菜に群がる、

 主婦やサラリーマンの姿をしばしば目にする。


 その眼差しは、さしずめ歴戦の狩人のようだ。


 コンビニ弁当を値段を気にせず手に取れる上流の者は――

 おそらく値引きシールを虎視眈々と待つ人々の姿を見て、

 「みっともない」と笑うのだろう。


 だが、俺は笑わない。


 狩人たちにも生活があり。

 家計があり、守るべき家族がいる。


 あの鋭い眼光は、

 未来を見据えた真剣な視線なのだ。


 俺も先人に倣い、

 こうして比較的良心的な価格で並ぶ学食に足を運んでいる。


 ――もっとも。


 多くの生徒は、

 家族が用意してくれた弁当を持参しているのだが。


 この日は、一番安いかけうどんを、

 その場に居合わせた後輩の水上瑞希みなかみみずきと一緒に頂いた。


「先輩、ご馳走様です!」


「くそ、あそこでパーを出していれば……」


清継きよつぐ先輩、じゃんけん弱すぎなんですよ。

 顔に全部出てるので、もう少し隠した方が良いんじゃないですか?」


「ちょっと隠すくらいなら、

 全部出した方がまだマシだろう」


「……何の話ですか、それ」


 チラリズム、でしたっけ……


 いや、多分違う。


「水上よ、今回は負けを認めよう。

 だが次こそは、必ずお前の財布に風穴を開けてやる」


「うわ、クソダサい決め台詞! 

 清継先輩に幻想を抱く全ての女子に聞かせてあげたい。

 そもそも、後輩にお金を出させるくせに、

 男気ジャンケンしようぜとか、どの口が言うんですか」


 大人しくコンビニで弁当を買えばよかった。


 でも、その分、

 二倍美味しいかけうどんだった気がする。


 教室に戻る途中、

 廃品集めの活動をしている下級生の集団とすれ違う。


 そう言えば、この時期、

 教室に“廃品回収ボックス”が設置されていたかもしれない。


 新生活も落ち着き、

 クラブや委員会の活動も活発になる時期だ。


 しかし残念ながら、

 俺の手元には、廃品として出せる物は何もない。


 元カノとの思い出さえ、

 未練がましく心に忍ばせているのだから。


 目が合う前に、そそくさと教室へ戻ろうとする。


 その時、クラスの誰かが俺を呼んだ。


汐森しおもりくーん。

 来栖くるす先輩来てるよー」


「来栖……?」


 イズ、誰。


 しかも先輩と言ったか。


 そんな奴は知らんと、門前払いにするのは簡単だ。

 しかし、それでは少し愛想がない。


 俺は席を立ち、

 伝令役の女子生徒へ爽やかに返事をした。


「ああ、ありがとう。

 すぐ行くよ」


「あの来栖先輩とも仲良しだなんて、

 さすが汐森君って感じだね」


 だから誰なんだよ、来栖先輩って。


 クールで才色兼備のお嬢様か、

 それとも裏で政界をも牛耳る組織の御曹司か。


 はたまた、

 隔絶された島に住む先住民族の末裔か。


 ……まあ、もういいや。


 適当に返事をすれば良い。


「大したことじゃないよ。

 これから来栖先輩と渡り廊下で、優雅にアフタヌーンティーさ。

 楽しんでくるよ」


 本当に、何言ってんだろう。


 女子生徒も困惑している。

 「お昼なのにアフタヌーン……?」と目を丸くしていた。


 早く去ろう。


 俺というティーバッグから、

 マヌケが漏れ出してしまう前に。


 教室の外に目をやると、

 一人の男と視線がぶつかった。


 彼がその人なのだろう。


 女子だと思い込んでいた自分を恥じつつ、

 先輩を待たせては失礼だから、歩みを進める。


「お待たせしました。

 来栖先輩、ですよね? はじめまして、汐森清継です」


 至って無難な挨拶のつもりだった。


 それなのに、来栖先輩はまるで豆鉄砲を食らったような顔をして、

 一瞬固まり、やがて口許を緩めた。


「はは、冗談よしてくれよ。

 随分と他人行儀じゃないか、清継君」


「え、と……失礼ですが、

 俺達、どこかでお話したことがありましたか?」


 隠しても仕方がない。


 来栖先輩に問いつつ、

 頭の中で記憶の引き出しを慌てて漁る。


 やや細身で長身。

 190センチ近くはあるだろうか。


 制服の袖を捲り上げた腕からは、運動部所属と見て取れる。

 だが、野球部ではない。


 地毛か染めたかは判別つかず、茶色い長髪が肩にかかる。


 これほど規則に緩い顧問の部でなければ、

 袖を捲ることも許されないはずだ。


 いや、全く思い出せない。


 女子生徒が『あの来栖先輩』と呼んだ理由も、今なら理解できる。


 まるで、イマドキ雑誌の表紙を飾っていてもおかしくない、端正な顔立ち。

 切れ長の目元は、女子の心を刺すに違いない。


 もし俺が女子なら、

 熱狂的なファンになっていただろう。


 こんな人物と、本当に面識があるだろうか――。


 来栖先輩は微かに首を傾げ、柔らかく微笑んだ。


「寂しいことを言うなあ。

 まあ、学年も違うし仕方がないか。

 少し、場所を変えないか」


「は、はい……」


 言われるまま、

 別棟を繋ぐ渡り廊下まで歩く。


 何を話すつもりなのか。


 本当にティーパーティーをするのではあるまいし、

 他の生徒に聞かれては困ることだろうか。


 渡り廊下で、来栖先輩が俺に向き直る。


「改めて、俺は三年の来栖くるす理央りおだ。

 去年の文化祭で実行委員をやっていた」


 そう言われ、思い出すべきだろう、

 とでも言いたげな表情。


 実行委員と言われても……いや、待て。

 重要なのは「去年」の方か。


「去年の文化祭と言えば、

 インフルエンザが大流行してましたね」


「ああ。あの時は学年ごとに学級閉鎖寸前のパンデミック状態だった。

 文化祭自体を中止するか議論されていたほどだ。

 実際に開催されたのは、奇跡のようなものさ」


「奇跡だなんて、大袈裟ですよ」


「そうでもないさ。準備も予定より大幅に遅れていた。

 誰もが延期は免れないと思っていた。

 それを覆したのが、当時一年生の清継君だった」


 待て。


 この人は、

 物事を大袈裟に語る趣味でもあるのか。


 去年、文化祭準備期間に俺がしたことといえば――


 他の連中に声を掛け、

 作業を手伝ってもらっただけだ。


「俺を高く評価してくれるのは嬉しいですが、

 当時の準備状況を見て、声を掛けただけです。

 結果が伴ったのは皆の力でしょう」


「はは、清継君」


 表情は穏やかなのに、

 どこか乾いた笑いだった。


「普通は、たかが一人の声で他人を動かすなんてできやしない。

 それを簡単に成し得た君には、一体どれだけの人望とカリスマ性があったことか。 

 皆を率いて次々にタスクをこなす様は、

 さながら――英雄ジャンヌ・ダルクの如く」


 ――身の丈に合わない称賛は、心地良いものではない。


 少し声を低くして返す。


「やめてください。

 俺はそんな大層な器ではありません」


 一拍。


「力を貸してくれたのは皆で、

 この話に英雄などいません」


 そう言うと、

 来栖先輩は冷たくも、柔らかな笑みを浮かべた。


「君は慎み深いんだね。

 是非とも、将来は俺の会社に来て欲しいものだ」


「俺の……?」


 ――ようやく思い出した。


 この人、来栖理央は大手製薬会社『来栖製薬』の現社長の息子――

 いわゆる御曹司だ。


 去年は文化祭実行委員という立場でありながら。


 生徒たちを上手く扇動できていない様子を、

 勝手ながら俺が手を貸してみたのだ。


 準備期間中に、

 何度か会話したこともあったかもしれない。


 普段の物腰は柔らかいのに、

 時折、他の後輩達に見せる態度が冷たく思えて――


 正直苦手だった。


 この感情を悟られてはならない。


「か、考えておきます。

 それより来栖先輩、一体俺に何の用なんです?」


「ああ。本題を忘れるところだった。

 君に会いに来たのは他でもない――また清継君の力を借りたいと思ってね。

 俺が生徒会にいるのは知っているだろう?」


 ――いや、知らんがな。


 人気者というのは、時として事実を前提にせず会話を進める。

 過ぎれば傲慢に変わるものだ。

 

 気をつけよう、俺も。


「となると、生徒会の頼みですか」


「この頃、我が校では盗難事件が相次いでいてね。

 何か聞いていないかな?」


「穏やかじゃないですね。

 てっきり、とある女子生徒から“毎朝気色の悪い挨拶をするのをやめさせてくれ”って苦情を受けたのかと思いました」


「き、清継君……

 君は普段からそんなセクハラまがいなことをしているのかい?」


 まずい。


 マヌケのティーに、アホウのサンドウィッチまで添えた、

 豪華アフタヌーンセットが完成してしまった。


 これ以上オプションを追加すれば、

 滑稽なエッフェル塔に進化しかねない。


「誤解しないでください。

 隣の席の人と、毎朝コミュニケーションを取っているだけです」


 軽く咳払い。


「それより盗難事件というのは……本当にこの学校で起きているんですか? 

 事実なら、生徒だけで済む問題じゃないでしょう」


「その通りだ。

 だが先生方も新学期早々、大事にはしたくないらしい。

 新入生に余計な不安を与えたくないんだろう」


 来栖先輩は穏やかな口調のまま、言葉を続ける。


「そこで君に頼みたい。

 犯人を見つけて、こっそり俺に教えて欲しい」


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