表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
90/114

オタクにだけ優しいギャルなど存在しない③


「熱っ」


「手首返し過ぎると鉄板に触れるって言ったばっかだろ? 

 大丈夫か、すぐ冷やした方が良い」


「うん、思ったよりムズいね。

 たこ焼き」


 普段ならホールを走り回っている時間。


 今日の俺は表に出ず、階堂に付きっきりで、

 ひたすらたこ焼き製造機になっていた。


 巷では機械に人の仕事が奪われると騒がれているが、

 教育係を代わってくれるのなら、喜んで差し出したい。


 階堂が蛇口で手を冷やしながら、こちらを振り向いた。


「清っちさあ、いつもこんなことやってるの? 

 大変じゃない?」


「普段の仕事はこの三倍だよ。

 まだこれしか教えてないだろ」


「マジ!? 

 うっはー、自信無くすわあ。

 清っちいなかったら途中で帰ってそう」


「帰るなよ。

 どんなことでも、最初はつらいもんだろ」


 一拍置いてから、思い出したように付け足す。


「階堂、バイオリンやってるんだって?」


 その一言で、

 階堂の表情が、わずかに止まった。


「え!? 何で知ってんの!

 怖っ。ストーカーじゃん」


「前に恋花から聞いただけだ。

 顔に似合わないことしてるって」


「恋々《れんれん》、意外と辛辣なこと言うなあ」


 恋々?


 動物園で人気のパンダか。


 俺は階堂が残したたこ焼きを、

 串で静かに返しながら続ける。


「楽器の演奏はしたことないけど……

 つらい練習だって、結局は慣れだろ」


 油が弾ける音が、小さく鳴る。


「慣れれば、手際も良くなるし、

 どんな場所でも――多少は、立っていられるようになる」


「どんな場所でも……」


 階堂が、同じ言葉をなぞる。


 その声は、さっきまでより少しだけ低かった。


 俺は、鉄板から目を離さないまま言う。


「ここが、早くお前の居場所になるといいな」


「……!」


 ぴくり、と。


 何かに触れられたみたいに、

 階堂の肩が小さく跳ねた。


 どこか照れくさそうに、頬をかく。


 化粧した肌を、お客さんの見える所では触らないで欲しい。

 

「明日からワンチャン体調不良になろうと思ってたけど、

 踏ん張ってみようかな」


「自主的に不調を起こすなよ。

 お前、体育大会の時もそれで二人三脚サボっただろ」


「あれ、バレてた?」


 ――本当にこういう奴は、気軽に数日休んで、

 出勤日になったら、勝手に気まずくなって音信不通になる。


 この店でも既に何人か見てるぞ。

 飲食店は覚えること多いから、気持ちはわからないでもないが。


「清っち、ここのバイトしんどくない? 

 コンビニの方が楽そう」


「コンビニのマルチタスク舐めるなよ。

 下手な仕事より作業量多いぞ」


「じゃあ、気楽だから続けてられんの?」


「知ってるか、階堂」


「?」


「ここの店、給料手渡しなんだぜ」


「それが……、

 どゆこと?」


 この良さが分からないなら、それでいい。


 むしろ――

 分からないままでいてくれた方が、助かる。


 この店の従業員は、店長をはじめ、みんな人が良い。


 居心地が良い、なんて言葉で片付けるには、

 少しだけ都合が良すぎるくらいに。


 誰も踏み込んでこない。

 なのに、必要なところだけは、ちゃんと汲み取ってくる。


 ――とにかく、金が要る。


 そういう人間の事情を。


 だから、ここでは。

 “上手くやれる”。


 明細も、振込も、記録も――

 全部が、少しだけ曖昧で。


 その曖昧さが、今の俺には都合がいい。


 もちろん、労基は守られる。

 高校生は二十一時台には帰らされるし、

 それ以上は踏み込ませない一線もある。


 それでも。


 この場所は、俺にとって、

 他よりほんの少しだけ――息がしやすい。


 ホールを走り回る俺の代わりに、

 店長が合間を縫って声を掛けてくる。


「清継君、階堂ちゃん、上がっていいよー! サンキュね」


 俺は少しだけ胸を張って、声を返す。


「お疲れ様でーす!」


 本日の業務終了。

 お疲れ様でした。



 帰りも必然的に、階堂と一緒になった。


 彼女は電車で帰るつもりだったらしいが、

 俺がバスだと知ると、到着まで付き合うと言い出した。


 本音を言えば、今日はもう限界だった。

 一人で、何も考えずに帰りたかった。


 それでも気づけば、

 俺たちはバス停近くのベンチに腰を下ろしている。


 脚を投げ出すと、足裏の奥に溜まっていた熱が、じんわりと広がった。


 街灯が、遠くで瞬く。

 風が、遅れて頬を撫でていった。


 階堂は、自分のふくらはぎを軽く叩きながら、

 いつもの調子で口を開く。


「いやー清っち、今日はありがとねん。

 バイト初日の帰りってさ、だいたい萎えるんだけど――

 今日はなんか、チルってるっていうか。やりきったー、みたいな」


「そうかい。そりゃ良かったよ。

 火傷、痛み引かなかったらちゃんと病院行けよ。

 バイオリン、弾けなくなるぞ」


「うわびっくり。

 やっぱ、清っちは優しいんだね」


 少しだけ間を置いてから、続ける。


ささもっちを全力介護してただけあるわ」


「笹餅? 

 美味いよな」


 そう答えると、階堂は大きく溜め息をついた。

 肩の力がふっと抜けたように見える。


「笹餅じゃなくて、ささもっち。

 笹本ささもとちゃん。

 これ、恋々にも言った気がするなあ」


「笹本だって?

 どうしてあいつの名前が出てくる」

 

 言葉が、少し硬くなる。


「俺はあいつに付きまとって、

 振られるって分かったら手を上げた――」


「それ、嘘っしょ」


「――!」


 喉の奥が詰まる。

 咳き込む寸前で、どうにか飲み込んだ。


 そんな俺を見て、階堂は明るく、軽やかに笑った。


「やーっぱりね! 

 あの日の恋々の顔見てたらすぐ分かったよ。

 清っちが自分犠牲にして、笹もっちを守ったんだって」


「どうして恋花の顔で、そんな事がわかるんだよ」


「どうしてって、恋々は清っちラブじゃん」


「は?」


 まただ。


 水上みなかみに続いて、こいつまで。


 恋花が俺のこと好きだって? 

 いや、あり得ない。


 新学期からどれだけアプローチしてきたと思ってる。

 互いに好意があったなら、もっとスムーズに意思疎通できているはずだろう。


 念のため、問い返す。


「その話、去年のこと言ってるんじゃないだろうな」


「なわけ。

 現行、なうだよ」


 あっけらかんと言い切る。


「恋々は清っちが好き。

 だからあの日、あんな顔してたんでしょ」


 あんな顔――。


 脳裏に、あの時の恋花の表情がよぎる。


「清っちも恋々のこと好きなんしょ?

 復縁しようとしてるくらいなんだし」


「……」


「それなのにさ。

 気付かないとか、普通にひどくね?」


 言葉に、少しだけ棘が混じる。


 俺は、わずかに苛立ちを滲ませた。


「階堂。

 お前、何言ってんのか分かってるか?

 あれだけ普段から距離とられて、

 今さら『実は俺のことが好きでした』なんて信じられるか」


「ほんとほんとの大マジだって!」」


 けれど階堂は、まるでそれさえ面白がるように、

 口元を緩めた。


 夜風が、髪を揺らす。


 その向こうで、彼女の瞳だけが、妙に静かだった。


「じゃあさ」


 ふっと、声の温度が落ちる。


「唯菜が、清っちに協力してあげよっか?」


 軽口のはずの言葉が、

 どこにも着地しないまま、空中に留まる。


 冗談にしては、

 目が笑っていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ