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オタクにだけ優しいギャルなど存在しない②


 バイトには三十分も遅刻してしまった。


 それでも店長は注意も小言もなく、

 むしろ笑い話のように言った。


「ああ、清継きよつぐ君おはよう。

 遅刻するなんて珍しいね」


「ほんと申し訳ないです! 

 すぐ準備して取り返します」


「はは、良いよ。

 普段すげえ頑張ってくれてるからさ。

 それよりほら、新しいバイトの子。

 階堂かいどうちゃん、清継君と同級生なんだって?」


 俺は改めて、

 階堂かいどう唯菜ゆいなと名乗る女子を見る。


 人は見かけによらない――


 なんて言葉もあるが、

 外見がいくらでも作り替えられるこの時代だ。


 内面はふとした仕草や、視線に滲み出るものだ。


 金髪に浮ついた口調。


 研磨した宝石のような瞳と、

 マスカラでたっぷり盛ったまつ毛が、とてもチャーミングですね。


 こんな息するマカロンタワーみたいなギャルが、真面目に仕事をするなら。


 男子諸君はそのギャップにやられて、

 バイブス爆上がりあげぽよリバイバルだろう。


 見た目詐欺は、金髪ゴリラの五里ごりだけで間に合っている。


 ――ん、五里?


 無意識に、俺は階堂を指差していた。


「階堂って、五里の隣の席のあの階堂か」


 問いかけると、階堂は同じように指を差し返し、

 それをふらふら揺らしながら答える。


「それそれ! 

 その階堂 唯菜さん!

 きよっち、唯菜と何回か話したことあるのに、

 忘れてるとか酷くない?」


「店長、こいつバイトテロです。

 この店、潰されますよ」


「いやいやいや、清っち。

 失礼にも程があるっしょ。

 唯菜、めっちゃ勤勉だから」


「テロリストは皆そういう顔をするんだ。

 俺がこの店の税関職員として安全を守らなければ、

 全員まとめて路頭に迷うことになる」


「バチギレ案件。

 学校の下足口ぶっ壊して、

 停学食らった不良の清っちより、よっぽどまとも」


「MK5(マジでキレる五秒前)。

 お前、言ってはいけないことを口にしたな」


「何それ、古っ」


 同じ国の言語で会話したのに、

 失笑されて、ぱおん通り越してズーンってか。


 日本語喋れよ。


 俺と階堂のやり取りを見て、

 店長は筋骨隆々とした腕を組み、にこやかに笑った。


「なんだ、君らそんなに仲良かったのか。

 そしたら、階堂ちゃんの教育係、清継君に任せても良いけ?」


「店長、俺は税関職員であって、

 爆発物処理班ではありません」


「いや、清継君はどっちでもなく、

 ホールスタッフだから」


 仰る通り。


 ただの末端バイトの俺は、せめてもの文句を垂れる。


「……どうしてこんな奴雇ったんですか。

 確かに今日、俺は遅刻するミスをしましたけど、

 学生バイトなら、俺一人でも回せてたはずでしょう」


 この場所は、気に入っている。


 客の流れも、ピークの波も、

 厨房の回転も、仕込みの量も――


 経営に関わる数字は、大体頭に入っている。


 だから、本来なら。

 人手不足なんて、起きるはずがない。


 階堂が働くことで、そのチャラけた仲間たちが

 遊びに来るようになるのではと、ほんの少し不安になる。


 ――違う、素直になろう。


 この場所を、独り占めしていたかっただけだ。


 俺を息子みたいに扱ってくれる店長夫妻と、

 この狭くて温かい空間を。


 その本音を飲み込んだまま、視線だけを店長に向ける。


 店長は、白い歯を見せて笑った。


「時代は映えだろ? 

 イケメン美男子とイマドキ美少女。

 この双璧でウチらは一発バズるんだ」


「……」


 想像よりも、ずっと俗っぽい理由だった。


「バズり方が、派手に燃え盛る方じゃないと良いですね」


「ははっ。

 そんときゃ俺が火だるまになるから気にせんと! 

 ほら、二人でタコ焼いとき、タコ!」


 店長はそう言って、片手をひらりと振り、

 バックヤードへと消えていく。


 残されたのは、俺と階堂。


 油の匂いと、鉄板の熱。

 そして、妙に騒がしい沈黙。


 ――まあ、いい。


 学生バイトを雇うリスクくらい、

 雇用主が一番よく分かっているはずだ。


 俺如きが心配するのは、少々浅はかだろう。


 階堂がやらかさないように、

 しっかり教育すれば良いだけのことだ。


 階堂と視線が重なる。


「タコ、焼けってさ。

 すぐ着替えて来るから待ってろよ」


「清っち、良いの?」


「何が」


「唯菜、ここに居て。

 あんまし気分悪くさせるなら、すぐシフト飛ぶよ?

 慣れてるし」


 バックレ慣れてんのかよ。

 やっぱりこいつ、危険物じゃねえか。


 堂々と宣言できるその神経にも驚いたが――

 それ以上に。


 階堂が、俺に気を遣ったことの方が、妙に引っかかった。


 小さく溜め息をつき、肩の力を抜く。


「税関職員はな、怪しい奴を簡単に国外逃亡させないんだよ。

 俺が教育係になった以上、勝手に辞められると困る。

 店長に、指導不足だと思われるからな」


「え、何。

 清っちって、もしかしてめちゃ良い人?」


「実は良く言われるよ。

 つまんないともな」


「そんな事ないっしょ。

 嬉しい、頑張ってみる」


 屈託のない笑顔だ。


 ――そう言ってて、もし次から店に来なくなったら、俺病んじゃうよ。

 ギャル不信になる。


 学校での接点は、数えるほどしかない。


 それでも階堂は、裏表が無さそうで、

 少なくとも“悪い奴”には見えなかった。


 隣の席の五里や、日陰に寄りがちな上野たちを、

 遠慮なくからかっている姿を思い出す。


 あれは、距離が近いのか、遠いのか――

 未だによく分からない。


 ただ一つ言えるのは、

 誰に対しても、壁を作らない人間だということ。


 コミュ力は高い。


 もしかすると、この仕事にも向いているのかもしれない。


 そんな、根拠の薄い期待を胸に抱きながら、

 俺は更衣室へと足を向けた。



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