この世で最も感染力の高いウイルスの名は『二人だけの秘密』②
俺は咳払い一つして、周囲に聞こえない声量に落とす。
「向崎。
この後予定ないなら、みんなと一緒に行ってこいよ」
「なんであなたに、そんなこと言われなきゃいけないわけ?」
「自己紹介で何て言ったか、もう忘れたのか?
遊びとかカラオケとか、気軽に誘ってくださいって言ってたろ」
「うっ……」
「ここで行かなきゃ、付き合い悪い奴だと思われる。
一週間後には便所飯だ」
大袈裟だが、完全に的外れでもない。
恋花はしばらく思考を巡らせ――
やがて、不気味なほど作り込まれた笑顔を浮かべた。
「それで、汐森君は参加するの?」
その瞬間、周囲の女子の視線が一斉に集まる。
――恋花め。
俺にしか理解できない言語で話しやがる。
本当の意味はこうだ。
あなたは来ないよね。
来たら、私は行かない。
……いずれにせよ、俺の答えは最初から決まっていた。
「悪い、俺は行けないや。
午後からバイトがあるんだ。
みんなで楽しんで来いよ」
「えー! 汐森君の歌、聴きたかったのにー」
モブ達が嘆く。
だがこれは仕方がない。
恋花が参加していようが、そうでなかろうが。
この予定はすでに、運命様とバ先の店長様によって確定していた。
俺は“これで満足か”と言わんばかりの視線を投げる。
「向崎さんは、どうするの」
「んー……じゃあ行こうかな」
今、この子――「じゃあ」って言った?
信じられない。アタシ傷付いちゃうんだから。
心に住まうオネエが咽び泣く。
が、これでいい。
予定がないのなら、交友関係を深めるのが得策だ。
他の男子達も歓声を上げ、
まるでゴールに強烈なシュートを叩き込んだサッカー選手のように、膝滑りで喜んでいる。
その中で――
圭吾だけが、少し寂しそうな陰りを落とし、俺の顔を覗き込んでいた。
「お前、始業式にまでバイト入れなくても良いんじゃないか?
誰かに代わってもらえねえの」
「俺が代わって入ったんだよ。
小学生の娘さんの入学式に参加するんだってさ。
ピンチヒッターの俺が休むわけにはいかんだろ」
圭吾は、まだ何か言いたそうだったが、
面倒なので先に言葉で塞いだ。
「また誘ってくれよ。
その時は、必ず参加するからさ」
「お前、ほんと良い奴だよな」
――そのワードは、今の俺には刃物だ。
傷を抉る禁止用語につき、ご使用は控えていただきたい。
俺の不参加をいつまでも惜しむ女子達を引き連れ、
圭吾たちは陽気に去っていく。
クールを気取ったつもりだったが、やはり未練は残った。
本当は――行きたかったのだ。
恋花も参加するのだから、なおさらだ。
ああ、やっぱり。
バイトなんて入れなければよかった。
和気あいあいと遠ざかる背中を見送りながら、
一年前の景色が脳裏をよぎる。
『なあ、向崎もカラオケ行くだろ?』
あの時も、最初に声を掛けたのは圭吾だった。
『いや、私はちょっと……』
高校一年の恋花は、今よりもう少し内向的で、
カラオケとは無縁な人間に見えた。
『それで、汐森君は参加するの?』
『正直、みんなの前で歌うのは嫌だけどさ。
でも……話すきっかけにはなるかもしれないし』
『じゃあ……私も、行こうかな』
――たった、それだけのことだった。
そんな小さなきっかけから、俺たちは距離を縮めた。
男子に言い寄られることの多い恋花にとって。
分け隔てなく接する俺は、
少し変わった存在だったらしい。
付き合うようになるまで、時間はほとんどかからなかった。
そして今。
恋花はまた、みんなとカラオケに行く。
去年と違うのは、その景色の中に――
俺がいないことだけだ。
この先、誰かと仲良くなって。
俺ではない誰かと、放課後を過ごすようになるのだろうか。
そんなことばかり考えて、
俺は自分の知らなかった女々しさに腹を立てる。
そして、笑う。
「はは……」
どうやら俺は、
恋花のことを“ただ好きだった”わけじゃなかったらしい。
どうしようもないほど、
取り返しがつかないくらい――
心底、惚れていたのだと。




